Side.091 奇襲 Surprise attack
午後6時15分。外務大臣の弘中洋貴は東京クラウドホテル30階で開催されている大工健一郎生誕五十年記念パーティーの会場のドアを開けた。ここまで彼は何回も職務質問を受けた。テロリストが襲撃するかもしれないパーティーだから警察も不審者をホテル内には入れたくないのだろう。2か月ぶりに帰国した弘中洋貴はこれがひどい仕打ちだろ思った。
やっとパーティー会場内に入ることができた弘中洋貴は浅野房栄に声を掛ける。
「久しぶりだな。房栄」
「ダブルヒロ君。あなたもパーティーに招待さえていなのね」
浅野の近くにいた菅野は弘中の顔を見て握手を求める。
「弘中洋貴外務大臣。私のことは覚えていますでしょうか」
「ああ。弁護士の菅野聖也君だったね。一年前の船上パーティーで会った」
大野は弘中洋貴と浅野房栄の関係が分からない。弘中洋貴が外務大臣だということは把握しているが、浅野房栄が外務大臣をニックネームで呼ぶとは思わなかった。
すると弘中洋貴は周りを見渡して、浅野に確認した。
「新しい秘書というのは誰だね。確か遠藤昴君は9月に逮捕されたと聞いたが。まさか菅野君の近くにいるあの男が新しい秘書ではないのだろうな」
「いいえ。違うわ。彼は警視庁の捜査一課の大野達郎警部補。遠藤昴を逮捕した警察官よ。新しい秘書は遠藤アリス。遠藤昴の妹なの」
すると遠藤アリスがワインを持って浅野たちの前に現れた。
「浅野さん。ワインを持ってきました」
遠藤アリスからワインを受け取ると彼女は弘中洋貴に新しい秘書を紹介する。
「紹介するわ。私の新しい秘書の遠藤アリスよ」
遠藤アリスは会釈すると、名刺を取り出した。
「遠藤アリスです。よろしくお願いします」
名刺を受け取ると弘中洋貴は彼女の顔を凝視する。
「やっぱり遠藤昴君に似ているな。特に口元が」
大野達郎は浅野房栄に質問する。
「ところで浅野房栄公安調査庁長官と弘中洋貴外務大臣の関係は」
浅野はあっさりと答える。
「ただの婚約者よ。このパーティーに参加している300名は全員このことを知っているから隠す必要はないのよ。因みにダブルヒロ君って呼んだのは、彼の名前はひろなかひろしだから。もう説明は不要でしょう」
大野達郎は目を点にした。名前と苗字を上から読めば『ひろ』がダブる。だから彼はダブルヒロと呼ばれているのだろう。一致するという意味のダブると二つという意味のダブル。ただのおやじギャクだ。
ダブルヒロこと弘中洋貴はお見合いの日のことを思いだす。
「お見合いの時に浅野房栄はいきなり質問した。ニックネームを『ダブルヒロ』にするか。それとも『ヒロ』を省略して『なかし』にするかって。普通は趣味を聞くだろ。即断即決で『ダブルヒロ』にしたが、敬称として君づけにしてくれて助かった」
浅野房栄は顔を赤くして、ダブルヒロに警告する。
「即断即決で思い出したけど、このホテルの40階で行われているカジノには行かないでね。外務大臣がルーレットで負けたなんてマスコミに知られたらイメージダウンになるから」
「大丈夫だ。勝てばいいからな。それにパーティーの受付で貰ったあのカードの残高を使ってルーレットをするのだから借金はゼロだ」
弘中洋貴はパーティーの受付で貰ったカードを持ちながら、カジノへと向かった。
浅野はため息を吐いて、遠藤アリスと大野達郎に説明する。
「あの人はギャンブル好きなのよ。正月休みになれば必ずラスペガスでギャンブルをするほどの」
いろいろ大変だと大野達郎は思った。
東京クラウドホテルの正面に立っている株式会社マスタード・アイス。その玄関にレミエルと鬼頭は立っていた。
「いいか。俺はお前らに保護されてから一人も殺していないんだ。今日は沢山殺すから邪魔するな」
「分かった。連続強盗殺人犯の手際を観察させてもらうぜ」
ビルの中に入ると一人の警備員が鬼頭の腕を掴んだ。
「この時間帯に何かようですか」
警備員がこのように質問すると鬼頭は渡井ながら答える。
「暴れに来た」
鬼頭は警備員の腕を掴む。強い力で握られた警備員の腕は折れた。これで腕を掴むことはできないだろう。鬼頭はついでにもう片方の警備員の腕も折る。
「死んでもらう」
鬼頭は警備員の首を持ち、バスケットボールにように地面に叩きつけた。これだけのことをすれば即死だろう。
10人の会社員が帰宅するためにエレベーターから降りた。そんな彼らの目に、警備員の死体が飛び込んできた。
何が起きたのか彼らには理解できない。理解するよりも強い衝撃を受け深い眠りに落ちた方が先だった。わずか10秒でこの場にいる会社員は全員殴殺された。
軽い血の海になっているエレベーター前で鬼頭は舌打ちした。
「このビルはエレベーターしかないのかよ。階段で行きたかったのに」
「探検すれば階段くらい見つかる」
レミエルが冷静なつっこみを入れていると、レミエルの携帯電話にウリエルからメールが届いた。
『後5分で到着します』
「5分か」
レミエルはメールを読みながら呟いた。現在このビルの中にいる人物を全員人質にするためには、一人でも脱出者を出してはならない。鬼頭は偶然出会った人物を全員殴殺しなければ気が済まないということで、先陣を切ることになっている。襲撃者がいることが知られていない現在非常口から脱出する人はいないだろうということで、出口はレミエルたちがいるこの玄関のみ。
ウリエルたちは玄関などあらかじめ決められたスポットに現れた人物を根こそぎ気絶させることになっている。ウリエルたちが現れるまであと5分。それまでに一人でもビルから脱出されたら元も子もない。
レミエルは仕方なく鬼頭に指示を出す。
「お前は最上階を目指せ。俺はウリエルたちが来るまでここに残るからな。寄り道だけはするなよ」
すると一人の会社員がエレベーターから降りてきた。鬼頭は会社員の胸倉をつかむ。
「おい。階段はどこだ」
乱暴に胸倉をつかまれた会社員は怯えながら答える。
「エレベーターから右に向かった場所にあります」
鬼頭は会社員を落とし、階段へ全速力で向かっていった。
命だけは助かってよかったと会社員は思った。そう思ったのも束の間、会社員の前にはレミエルが立っていた。
「怖かったよな。俺は殺さない」
レミエルは棒を使って、会社員を気絶させた。




