Side.090 息の詰まるパーティー The party with which he chokes
10月31日午後6時東京クラウドホテルで開催される大工健一郎生誕五十年記念パーティーに大野達郎警部補は参加していた。
パーティー参加者は300名。その大半は政府関係者だ。なぜノンキャリアの警察官である大野がパーティーに参加しているのか。話は10月29日に遡る。
その日合田は休暇届を提出した。退屈な天使たちの件で大変であるのに、よく受理されたものだ。急遽休暇を取った合田は大野にある指示を出してから2日間の休暇に入った。
「退屈な天使たちの目的は大工健一郎の暗殺かもしれない。10月31日に東京クラウドホテルで開催されるパーティーに潜入して、警備をしてくれ。パーティーの招待状は喜田参事官が準備するからな」
息が詰まりそうなパーティーに参加することになった大野はため息を吐く。遠藤アリスは大野の肩を叩く。
「大野警部補。まさかあなたもこのパーティーに参加するのですか」
「はい。このパーティーには政府関係者300名が参加しているから、退屈な天使たちのターゲットになる可能性があります。念のために喜田参事官に招待状を準備していただきました。とは言っても合田警部の指示に従っただけですが」
すると大野の周りに菅野聖也と浅野房栄が集まった。大野とこの二人は面識がある。秘書の遠藤アリスがパーティーに参加しているのだから浅野房栄もパーティー会場内にいることは分かった。だが菅野聖也がパーティーに参加していることに大野は違和感を覚える。
「菅野聖也弁護士。なぜあなたはパーティーに参加しているのでしょう。このパーティーの参加者は全員政府関係者のはずですが」
「井伊尚政法務大臣経由で招待状を貰いました。彼と榊原刑事局長はお気に入りの人物をパーティーに招待するそうです。つまり私は井伊尚政法務大臣に気に入られたということです。パーティー会場に来るまで、あいつも招待されているとは知りませんでしたが」
あいつと聞き大野は首を傾げた。菅野は数人の女性に囲まれている黒縁眼鏡に坊主という僧侶のような男性を見つめながら説明する。
「瀬戸内平蔵検事です。彼も結構な有名人です。どんな手段を使ってでも真実を暴き裁判所に戦慄を走らす司法の天使で、私の因縁のライバル。副業で僧侶をしているそうです」
菅野の説明を聞いた大野は浅野房栄の顔を見る。
「浅野房栄公安調査庁長官。退屈な天使たちはパーティー会場を襲うと思いますか」
「襲うんじゃないかしら。あの大工健一郎がパーティーの主役だから狙う訳はいらないでしょう」
その頃東京クラウドホテルの前に一台のリムジンが停車した。そこで一人の男が降りた。
彼の周りにはSPもいない。あのパーティーに参加するにしては、警護が手薄すぎる。
男の肌は日焼けしたように色黒だ。髪の色は黒。おまけに黒いサングラスも着用している。もちろん服装は黒いスーツだから、全身黒で固めた不審者と思われてもおかしくはない。
警備員の佐野勇作はこの男の侵入を止めた。退屈な天使たちのメンバーがパーティー会場を襲うかもしれないから、不審者らしい人物は侵入させず、警察に連絡するよう警視庁から通達があった。その通達に従い佐野は男を止めた。
「あなたは本当にパーティーの参加者ですか」
男は招待状を取り出す。だが佐野は納得していなかった。
「招待状の一枚や二枚くらい偽装することも可能でしょう。招待状を持っているからってパーティーに入れるわけにはいかない・・」
佐野は招待状を凝視して、目を見開かせる。
「本当にあなたはあの外務大臣なのですか」
男はサングラスを取る。彼の瞳はオッドアイだ。右目は茶色だが、左目は青い。これを隠すためにサングラスをかけているのだろうと佐野は思い確認する。
「外務大臣。あなたはオッドアイを隠すためにサングラスをかけているのですか」
外務大臣は首を横に振る。
「いいや。違う。好きな色が黒だからサングラスを着用しているだけさ」
佐野は外務大臣を通した。外務大臣の名前は弘中洋貴。井伊尚政以上の権力者だ。
その頃江角千穂はコンビニグロリアス・マートにいた。彼女はそこで大量のおにぎりとお茶を購入する。
これは彼女の夕食ではない。この作戦の実行部隊のメンバーの中で一番下端である彼女は、レミエルたちに差し入れとしておにぎりを渡さなければならない。
24個のおにぎりと8個のお茶。この数を見れば店員に大食いだと思われるかもしれない。
彼女は財布を取り出し中身を確認する。これだけの商品を購入するほどのお金は財布の中にある。だが差し入れの料金は下端の自腹だ。4000円にも満たないが、この出費は彼女にとって致命傷。
ため息を吐きながら彼女はお金を払った。
店を出ると、ラグエルからメールが届いた。そのメールは実行部隊全員に一斉送信された物だ。
『派手に暴れても構いません。ただしミスは自己責任。逮捕されても責任は負いません』
「分かりました」
江角はそう呟くと、大量に買ったおにぎりとお茶を車に乗せて、警視庁へと向かった。




