Side.089 死傷者なし With no casualties
10月28日午後10時新宿の展望レストランで合田警部は浅野房栄公安調査庁長官と食事を摂っていた。店内ではジャズが流れている。
高級レストランにも関わらず店にはかぼちゃのランタンが飾ってある。明日はハロウィンだからかぼちゃのランタンが飾ってあるのだろうが、高級レストランに安っぽいかぼちゃのランタンは不釣り合いだろう。
合田警部は冷や汗を掻いている。そんな顔を見た浅野房栄は心配そうに合田の顔を見つめる。
「どうしたの」
「俺は警察組織の上層部ではない。だからあなたのような上層部にいる人と会食したことがない。緊張という奴だ」
「そんなこと。あなたはこれがデートだと思っているのかと思ったわ。あなたを食事に誘ったのは、明日のことが知りたかったから。明日は佐藤真実と流星会幹部の勝部将太を交換する日。警視庁はどのように動くのか知りたくてね」
合田は首を横に振る。
「だめだ。どこで退屈な天使たちの情報網に引っかかるか分からないから、部外者には言えない。強いて情報を伝えるなら、流星会幹部の勝部将太を現在護送している」
浅野は頬杖を突き呟いた。
「なるほど」
それから浅野はテーブルに並んだ銀色のナイフとフォークを見ながら合田に質問した。
「この世界に銀の弾丸ってあると思う」
合田は首を傾げる。
「どういうことだ」
「聞いたことがあるでしょう。通常の銃弾では撃退することができない吸血鬼や狼男を撃退することができる唯一の切り札。それが銀の弾丸よ。つまりは退屈な天使たちや鬼頭を正攻法では勝てない怪物を倒すことができる切り札があるとしたら、どう思います」
合田は浅野の話に耳を傾ける。
「まさか銀の弾丸を発見したという報告をしたくて食事に誘ったのか」
浅野は頷く。
「そうなの。鬼頭が強盗殺人事件を起こすために豪邸を襲撃する時に偶然居合わせた人物は全員彼によって殺害されているのだけど、被害者がゼロの事例があるそうなのよ。13年前の7月31日栃木県にある倉田家の豪邸を鬼頭が襲撃したの。その豪邸の警備は全くされていなかったそうで、侵入後10秒で豪邸の玄関を壊して侵入したわ。侵入後10秒で豪邸の玄関を壊した事例はいくつもあるけれど、この事件だけは被害者がゼロだった。何か気にならない」
「夏バテしてやる気がなかっただけではないのか」
浅野は合田の態度を見てため息を吐く。
「伊集院家の人々は連続殺人鬼が襲来したにも関わらず、主人である御嬢さんを守ろうとしたそうよ。その主人候補は昨年交通事故で亡くなったそうだけど、調書にはしっかり書いてあったわ。彼らは事件当時2歳の伊集院明日香を守ろうとしたって」
この事例は鬼頭という怪物を逮捕するための手がかりになるだろう。合田はこの事件に興味を持ち、翌日から捜査を開始した。




