Side.079 横浜オリエント観光バス Yokohama Orient sightseeing bus
午前9時。レミエルとハニエルとラグエルと鬼頭の四人は退屈な天使たちのアジトに集まっていた。約一か月に及ぶ透明人間暗殺計画の最終作戦会議に参加しているのはたったの四人。この状況にレミエルは怒っていた。
「ウリエルは学校。サマエルとラジエルは佐藤真実監禁場所で彼女の監視。でいいとして鴉はどうした」
「鴉さんには潜入捜査をさせています。大工健一郎誕生パーティーの内部情報を入手した方が狩りやすいでしょう」
「それもそうか」
レミエルは煙草を吸った。
そしてラグエルは作戦の最終確認を開始する。
「午後6時30分ハニエルは警視庁前に路上駐車して刑事部長室に仕掛けた盗聴器の音声を盗聴してください。警視庁から1Km離れた位置から盗聴しても構いません。何か警察に動きがあったらウリエルに連絡。その後ウリエルと合流してください。次にレミエルと鬼頭さんは東京クラウドホテルから少し離れた位置にある株式会社マスタードアイスに侵入。適当に人質籠城事件でもやって警察の捜査を撹乱してください。何人殺しても構いませんから。そしてサマエルは佐藤真実の監禁場所から実行部隊のサポートをします。ウリエルと鴉さんたちは流星会アジトに待機してもらっています。僕はパーティー会場に潜入して透明人間の監視をしますそれ以降は昨日話した作戦に従ってください」
作戦会議が終わり作戦会議を行うために集まって四人は解散した。作戦が開始される午後6時30分まで彼らは自由時間を楽しむ。
江角千穂は一人横浜の街を歩いていた。彼女は現在暇な時間を持て余している。
一人カラオケやショッピングも考えたがどれもしっくりこない。そんな彼女の前に横浜オリエント観光バスが通り過ぎた。そのバスを見て江角は呟く。
「確か横浜オリエント観光バスは神奈川県内にある観光地を一周する路線バス。バスに乗って神奈川県観光も悪くないですね」
こうして江角は横浜オリエント観光バスが停車する最寄りのバス停まで走って行った。
停車したバスに乗り込むことができた江角千穂は後部座席に座る。バスの車内にいた乗客は江角を入れて全員で18人。昨日昼の情報番組で紹介したバスにしては人数が少ない気がする。
バスがバス停から走り出した時江角に耳に一人の男性が女性をなんぱしている声が聞こえた。その男性は茶髪に赤い眼鏡をかけている。体系はやせていて、身長は江角より頭一つ分高いくらいだろう。
「姉ちゃん。一緒に鎌倉いかへんか。あそこのうまい店知ってんねん」
関西弁の男になんぱされている青いロリータ服の女性は迷惑そうな表情をしている。どこにも迷惑な男性がいると江角は思った。この時江角千穂は思ってもいなかった。このバスであの事件に巻き込まれるなんて。
午前11時30分。鎌倉まであと一歩という場所にあるバス停にバスは停まった。
吉野智子はこのバスに乗り込む。その様子を見ていた牧田誠は彼女と同じようにバスに乗り込み、ポケットから拳銃を取り出し発砲する。19人の乗客は銃声を聞き驚く。
「俺はこの横浜オリエント観光バスをジャックした。妙なマネをしたらこの拳銃で打ち殺す」
その後で牧田は運転手に呼びかけた。
「ドアを閉めて、横浜に戻れ。バスジャック事件が発生したことは俺が連絡する。だからハザードランプや緊急通報システムを使うな。約束を破れば乗客を無差別に撃ち殺す」
バスジャック犯の要求に従った運転手の西沢夏樹は横浜に進路を変更した。
そしてバスジャック犯の牧田は鞄から赤い
巾着袋と青い巾着袋を取り出す。
「携帯電話を預かる。子供と老人は赤い巾着袋。それ以外の大人は青い巾着袋に携帯電話を入れろ」
人質たちは要求に従い巾着袋の中に携帯電話を入れる。関西弁の男は微笑みながら携帯電話を取り出してパスワードを設定する。その後で男は携帯電話を青い巾着袋の中に入れた。
人質となった江角千穂はバスジャック犯を撃退する方法を考える。
(あの拳銃を本物。下手に手を出したら撃たれます。名刀黒薔薇を使えば、バスジャック犯は撃退できるけど、目撃者が多すぎる。実際に彼を倒せば銃刀法違反で逮捕されるリスクが高い。どうしましょうか)
江角は人質となった19人の顔を見る。もしかしたらこの中にバスジャック犯の仲間が潜んでいるかもしれないと思ったからだ。
後部座席に座っている白いジャージを着た金髪の男は爪を噛んでいた。その男の隣に座っている太った男は貧乏ゆすりをしている。江角の後ろに座っている茶髪のサングラス男は歯を出して笑っている。その隣にいる専業主婦らしい太った女は彼に声を掛ける。
「ちょっと楽しみすぎよ」
「いいじゃないか。こんなチャンスめったにない」
残りの人質は4人の高校生に、6歳くらいの男の子とそのお父さんらしい男。5人の老人。関西弁男と彼になんぱされた青いロリータ服の女。そしてバスジャック犯と一緒にバスに乗り込んだ30代前半くらいの女性。
運転手もカウントすると人質は20人。この中にバスジャック犯の仲間がいるのだろうか。
江角が悩んでいると、関西弁の眼鏡の男がバスジャック犯に怒鳴った。
「いい加減にせえ。要求はなんやねん。それとも何か。要求なんてないんか」
「うるさい。関西弁野郎」
喧嘩でも始まりそうになった時、バスは赤信号で止まった。牧田は神奈川県警に電話する。
「横浜オリエント観光バスをジャックした。俺の要求は日が沈むまでに小早川せつなを連れてくること。要求が叶わなかったら拳銃で無差別に乗客を撃ち殺す。彼女を探し出すことができたら俺の携帯電話に電話しろ。今から番号を言う。一度しか言わないからな・・」
小早川せつなという名前に江角は心当たりがあった。その名前は二週間前にウリエルとサマエルが話している時に聞こえた名前だった。だが江角は小早川せつなが誰なのかが分からない。
その時また関西弁の男性はバスジャック犯を威嚇するように話しかける。
「詳しく聞かせろや。小早川せつなって誰やねん。もしかしてお前の元カノかなんかか」
「だからうるさいって言っているだろう。ただの人質のお前らに話せるか」
一触即発とはこのことだ。人質の関西弁男性とバスジャック犯が喧嘩をしようとしている。この喧嘩を止めなければ、犯人は無差別に乱射するのではないか。そう考えた江角は二人の仲裁に入る。
「やめてください。それと気になっているのですが、そのトカレフでは無差別に乱射なんてできませんよね。トカレフはシングルアクション。あらかじめ撃鉄などを通常位置から撃発準備位置まで手動で移動させ、引金の操作により撃発させる作動機構。つまり乱射は不可能ということです。本当に無差別に乱射するなら、マシンガン片手にバスジャックすると思いますが。それとも爆弾でも持っているのですか」
牧田は息を飲む。まさかここまで早く切り札がばれるとは思わなかったからだ。仕方ないと思った牧田は乗客に鞄に入れていた爆弾を見せる。
「前言を撤回する。銃で無差別に乱射はできないが、運転手が妙なマネをしたら爆弾を爆発させる。乗客が妙なマネをしたら撃ち殺せばいい」
バス内は重たい空気に包まれた。江角の前の席に座っている4人の高校生たちはひそひそ話を始める。
「とんだ修学旅行になったな」
「誰よ。こんなバスで観光しようって言ったのは」
長髪の女子高生の声を聞きイラついたリーダーは顔を赤くする。
「何だと。このバスは神奈川観光にはもってこいだから満場一致でこのバスを利用しようって言ったじゃないか」
ポニーテールの女子高生はリーダーの肩を持つ。
「そうよ。責任は山田君にはないわ」
この会話を聞いた江角はこの高校生たちはバスジャック犯の仲間ではないと思った。どう考えても修学旅行に来ている高校生にしか見えないからだ。これで容疑者は15人になった。




