Side.078 誘拐事件 Kidnapping incident
10月31日午前7時30分。並木道が続く通学路を横浜小学校1年生の青木聡史は歩いていた。黒いランドセルを背負った彼の姿を赤い自動車が徐行運転しながら追いかけている。
その車を運転している男は青木聡史の姿を確認するとその場へ路上駐車する。ドアを開けた男はポケットからスタンガンを取り出した。男はスタンガンで青木聡史を気絶させる。
これは一瞬の出来事だった。男は気絶した青木聡史を車に乗せると現場から逃走した。
これは紛れもない誘拐事件。目撃者は最低でも10人はいるだろう。その目撃者の一人の青いロリータ服の女はその場にあった公衆電話で神奈川県警に通報する。
「事件です。小学校1年生くらいの男の子が誘拐されました」
通報した後で彼女はスマホを取り出してメールを打つ。
『誘拐事件の通報をしました。作戦に支障はありません』
それから間もなくして返信メールが届いた。
『OK。午前9時30分発横浜オリエント観光バスに乗り込め』
一方青木聡史を誘拐した男は携帯電話と変声器を取り出し、警視庁のメールアドレスに青木聡史の写真を送付したメールを送りつける。
「青木交通部長に伝えろ。お前の息子を誘拐した。要求は後ほど連絡する」
午前8時青木交通部長のもとに息子が誘拐されたとの連絡が入った。青木交通部長は誘拐犯が許せないという思いでメモを握りつぶした。
「誰だ。俺の息子を誘拐したのは」
中々誘拐犯は要求を伝えない。そのことに彼は苛立っている。
その頃青木聡史が誘拐された現場では目撃者たちによる実況見分が終わろうとしていた。
誘拐事件を担当する刑事は目撃者たちに確認する。
「赤い自動車に乗った男が路上駐車して、青木聡史君をスタンガンで気絶させて、横浜市内方面へ逃走した。そうですよね」
目撃者たちは満場一致したように頷く。すると刑事の元に一本の電話が届いた。
「見つかりましたか」
横浜市内にある駐車場にいた刑事は赤い自動車を見ながら実況見分をしている刑事に報告する。
「見つかったぜ。誘拐犯と人質の姿はなかったが」
『つまり誘拐犯は車を乗り捨てて逃走したということですね』
「ああ。そうだ」
誘拐犯と青木聡史は姿を消した。その後の彼らの足取りがつかめないまま時間だけが過ぎて行った。
実況見分から解放された青いロリータ服の女はメールを打ちながらバス停へと歩き出す。
『実況見分から解放されました。今から向かいます』
彼女は誘拐事件の目撃者になってしまったが、そんなことは関係ない。これから彼女が犯そうとする犯罪にくらべたら、誘拐事件なんて大したことはないだろう。
これから起こる事件の存在を知るすべもなく神奈川県民はいつも通りの朝を過ごしている。




