Side.076 被害者遺族が望んでいること The victim bereaved family wishes
須田の話が屁理屈だと思った神津は須田に怒鳴る。
「そんな理屈関係ない。彼は神奈川で萩原聡子を殺害した。どんな理由だろうと殺人を犯したという事実は変わらない。余罪として殺人罪が裁かれたら被害者遺族が抗議するに決まっている」
ため息を吐いた須田は神津に質問をぶつける。
「あなたは馬鹿ですか。我々はあのバイオテロの日から彼をマークしていて、裁判で検事が使える証拠は十分に揃っています。それに比べて神奈川県警の殺人事件では、彼が容疑者として浮上していないそうです。逮捕後48時間以内に検察に送検しなければなりません。たった二日で彼らに裁判で検察が勝てるような証拠を探すことはできるでしょうか」
神津は言葉に詰まる。須田はさらに続きを話す。
「証拠が見つからなければ証拠不十分で釈放されるのがオチ。その上で彼を再逮捕すると、またマスコミに叩かれる可能性が高いと思います。これ以上警察組織の不祥事を増やさないためにも、再逮捕だけは避ける必要があります。それと被害者遺族は抗議することはないでしょう。なぜなら被害者遺族が抗議するのは法で裁かれないことと裁判に不服があった時くらいだから。彼を法で裁くためには殺人罪を余罪にする必要があります」
須田の話を神津は理解できなかった。どうしても理解できないことがあったからだ。
「裁判で検察が勝ちやすくするために麻薬取締法違反で送検する。そんなこと間違っている。それは被害者遺族のことしか考えていないエゴだ」
「加害者遺族のことも考えろということですか。彼は退屈な天使たちに騙されて殺人をしたとしましょう。それだと執行猶予が付くかもしれませんが、彼には余罪が10個以上あります。そんな男に執行猶予を付ければ、加害者遺族がマスコミに叩かれるでしょう。加害者遺族を守るためにも検察には裁判で勝ってもらわなければなりません」
「違う。裁判なんて関係ないだろう。俺たち警察は真実を明らかにして、冤罪を防止することが仕事だ。裁判で検察が勝てるようにしたうえで送検するなんて間違っている」
須田の話を聞いた木原は諦めたような表情をする。だが神津は納得していなかった。
そんなことお構いなしに久保田太郎は組織犯罪対策課の取調室に連行された。取調室に取り残された木原たちはやるせなさを感じていた。




