Side.068 矛盾する情報 Contradictory information
午前9時木原はいつものように警視庁に通勤した。捜査一課三係にある自分の机に荷物を下ろすと、合田警部がデスクワークを行っているところが見えた。木原は上司である警部に捜査の報告をするために立ち上がった。
「合田警部。佐藤真実監禁事件の捜査の報告です。昨日の捜査では小早川せつなと佐藤真実が繋がりました。彼女と小早川は高校時代の同級生。小早川せつなが常連の店イタリアンレストランディーノに行きました。同じ常連の宮本栞が小早川はアメリカに留学していると証言しましたが、宮本栞の顔と小早川せつなの顔は瓜二つ。もしかしたら宮本栞は小早川せつなの偽名かもしれません」
合田は木原の声の調子からあることを推理する。
「神津と喧嘩しただろう。この事件は二人が協力しなければ解決しないだろう」
「ですが、この事件の犯人は小早川せつなだと思います。彼女は身分を巧妙に隠しているから怪しいではありませんか。何かやましいことがある証拠です」
「それだけで被疑者を特定していいのか。それだけの情報で犯人を逮捕しようとすると不起訴になることは確実だろう」
合田の言葉が心に響いた時神津が合田たちの前に現れた。木原は神津の顔を見ると頭を下げた。
「悪かった。この事件は二人が協力しなければ解決できない難事件であることに気が付きました。これからは客観的に事件を捜査していきましょう」
「こっちも悪かった。さて謝罪はここまでにして昨日の捜査結果の情報共有をするか」
和解することができた木原と神津。木原は昨日の捜査で分かったことを神津に報告する。神津はメモを取りながら木原の話を聞いていた。報告が終わると神津は情報の少なさを突っ込む。
「昨日の捜査結果はこれだけかよ。こっちは沢山情報を得ることができた。まずは牧田誠から。バイオテロが起きた10月22日午前7時浅草駅の前で彼は小早川せつなと密会していたそうだ。多くのサラリーマンや近所の住人が目撃していたから間違いない。そこで牧田は『本当にやるのか』と小早川に話しかけていたそうだ。次に久保田太郎。バイオテロ当日彼は池袋にある洋服店シスターズから大きな紙袋を持って出てきた。おそらく姉の誕生日プレゼントでも買いに行ったのだろう。遠藤アリスが言うにはあの店20代後半の女がよく買いに行く店だからな」
木原は首を傾げた。
「姉というのは誰ですか」
「久保田花子だ。久保田太郎と久保田花子。同じ苗字だったから戸籍を調べた。思った通りバイオテロ事件の被疑者久保田花子と久保田太郎は兄弟であることが分かった」
木原は奇妙な状況をまとめてみた。
「バイオテロ事件当日吉野智子は池袋チャイルドクロウビルで警備をしていました。つまりバイオテロ事件当日。佐藤真実監禁事件の容疑者の可能性がある三人は全員池袋にいたということですか」
「後は小早川せつながあの日池袋にいたとしたら完璧だな」
神津がそう呟くと木原の携帯電話が鳴った。
相手は神奈川県警の狩野警部だった。
『宮本栞の戸籍についての報告です。宮本栞の戸籍は実在しています。しかし巧妙に偽装した痕跡があります。宮本栞は只者ではありませんよ。さらにバイオテロ事件当日のアリバイも調べました。彼女は普通通りに登校しています。大学内から抜け出したという痕跡もありません。それと小早川せつなに関する情報ですが、戸籍上では10年前から失踪していることが分かりました。どこの学校にも通ったという痕跡がありません』
「そうですか。分かりました」
『これからは殺人事件の捜査をするから中々協力はできないかもしれないが、何か分かったらまた連絡します』
木原は電話を切った。バイオテロ事件当日の宮本栞のアリバイ。午前7時に宮本栞と密会した牧田誠。情報が矛盾していることに気が付いた木原たちは捜査を再開する。




