Side.063 余命一年 Life expectancy one year
午後2時単独捜査を開始した木原は伊藤セキュリティ会社を訪れた。この会社はある事件をきっかけに警察を退職した麻生が勤務していた会社だ。一年前病死した彼の病室に小早川せつなは訪問したという記録があった。この会社に勤務している人は小早川せつなの存在を知っているのではないかと木原は考えたためこの会社を訪れたのだ。
待合室で待っていると一人の眼鏡をした長髪の女性が部屋に入ってきた。
「警察の方ですよね。わたしは麻生さんの相棒だった吉野智子です」
吉野は名刺を木原に渡す。木原は吉野の顔を見てあることを思いだした。
「そういえばこの前にも会いましたよね。一昨日池袋チャイルドクロウビルの中ですれ違ったような気がしますが」
吉野は刑事の記憶力に感心する。
「凄い記憶力です。確かにあの日わたしはあの池袋チャイルドクロウビルの警備をしていました。あのバイオテロ事件で池袋は立ち入り禁止エリアになったので今はデスクワーク生活を送っています。早く次の派遣先を決めてほしいです」
吉野が本音を話すと木原は一枚の写真を吉野に見せる。木原は小早川せつなの写真を指差す。
「単刀直入に聞きますが、この写真の女性に見覚えがありますか」
吉野は目を見開かせるとあっさり答えた。
「麻生さんの娘さんですね。彼女がどうしましたか」
「やっぱりそうですか。小早川せつなさんは麻生さんの娘さんですか」
木原の言葉を聞き吉野は首を傾げる。
「誰ですか。小早川せつなさんというのは」
疑問に思った吉野は木原に事実を伝えた。
2010年8月29日。残暑が続く中麻生は警備中に倒れた。その時同じビルを警備していた吉野は麻生が熱中症で倒れたのだろうと思い、救急車を要請して応急処置を行った。
だが事態はそれ以上に深刻なものだった。警備を仲間に任せた吉野は大学病院である重大な事実を知る。
「若年性の脳梗塞です。さらに末期がんも発見されました。余命一年でしょう」
麻生の家族代理として事実を知った吉野はベッドで横になっている麻生にこの事実を伝える。
事実を伝えれば麻生が泣くのではないかと思った吉野だったが麻生は泣いていなかった。それどころか彼はあることを吉野に依頼する。
「余命一年なら仕方ない。娘に会いたいな。探偵でも雇って探してもらおうかな。今どこで何をやっているのか分からない娘を。知り合いの高橋探偵に依頼してくれ」
それから吉野は注文通り高橋探偵に人探しを依頼した。だが娘の足取りは分からなかった。幸い分かったのは娘の名前だけ。そのことを吉野は麻生に伝えた。だが願いが叶わなかったはずの麻生は微笑んでいる。
「大丈夫。娘には会えたから」
それから一か月後麻生は病死した。
吉野はこのことを木原に説明してから麻生の娘の名前を紙に書いて渡す。
「麻生さんの娘の名前は宮本栞さん。娘さんは一人だけです。小早川さんは偽者ではありませんか」
どうなっているのか。木原には理解できなかった。高崎探偵は麻生さんの娘は宮本栞だという結論を導き出した。だが病院の記録には小早川せつなが麻生の病室を訪問したという記録が残っている。
本当の麻生の娘は誰なのか。木原は分からなくなった。




