Side.106 そして彼らは姿を消す And they disappear.
11月1日深夜2時お台場の流星会のアジトの近くにある波止場。そこで流星会幹部の杉浦は船を待っていた。彼が今待っている船には大量の麻薬が積んである。すると東京湾の波止場に不審船が停まった。
「あの船か」
杉浦は不審船に近づく。そんな杉浦の背後から組織犯罪対策課の刑事が声を掛けた。
「杉浦だな。麻薬取締法違反で現行犯逮捕する」
杉浦は舌打ちすると拳銃を取り出す。だがそれより早く強い衝撃を杉浦が襲った。須田が杉浦の溝内を殴ったのだ。たやすく杉浦は気絶した。
刑事が杉浦を連行した後で現場に残った刑事は須田哲夫の指示のもと不審船内部の捜索を行った。
「先に僕が乗ります。もしかしたら船内に危険物が仕掛けられているかもしれませんから」
須田の指示に従い組織犯罪対策課の刑事は最初に須田を船に乗せることにした。
船内には大量の麻薬が積んであるかに思えたが、実際には大量の爆弾が積んであった。
須田は頬を緩ませると、外にいる刑事たちに大声で呼びかけた。
「船内にあるのは麻薬ではありません。爆弾です。爆発物処理班を要請して逃げてください」
その時船内に仕掛けられていた100個はある爆弾が一斉に爆発した。その火力は人間の体を吹っ飛ばすほどのもの。爆発に巻き込まれればどのような人間でも確実に死亡するだろう。
すさまじい爆発によって不審船は沈んだ。あの爆発では爆死体も海に沈むだろう。
こうして須田哲夫は死亡した。
翌日の早朝から警視庁は東京湾を捜索した。だがどこからも須田哲夫の死体は発見されることはなかった。見つかるのは、不審船と須田が着ていたスーツの残骸。
そして11月8日。警視庁は捜索を打ち切り須田哲夫が爆発に巻き込まれて殉職したと判断した。
その翌日須田哲夫の告別式が行われた。式には多くの警察関係者が出席する。結局死体は発見されなかったため、棺桶には彼が着ていたスーツの残骸が入れられた。体が消し飛ぶほどの爆発に巻き込まれた須田の死体は発見されることはないだろう。
大野は死体が入っていない棺桶を見ながら涙を流した。彼の脳裏には須田が最後に話した言葉が浮かぶ。
「犯罪者を救うためには血で汚れた心をきれいに洗い流す必要があります。それをするためには、善人の熱い心と言葉が必要でしょう。大野警部補。あなたはそれを持っている。だからそれを大切にして、多くの犯罪者たちを更生させてください」
捜査一課に所属する大野にとって須田はライバルでしかなかった。事件を奪いあったりもしたが、須田はいい刑事だった。なぜ彼が殉職しなければならなかったのかは大野にも分からない。だが一つだけ大野は分かった。決して失ってはいけない刑事を失ったということだ。
須田の最後の言葉は刑事たちへの遺言。その遺言を守れば、天国にいる須田哲夫も喜ぶだろう。大野はそのように考え、多くの犯罪者を救うことを誓った。
その頃告別式の会場の前に青いジャガー・Eタイプは停車した。後部座席に座っているレミエルは須田哲夫告別式という看板を見ながら助手席に座っているラグエルに話しかける。
「本当によかったのか。須田哲夫を殺して」
「どういうことですか」
レミエルはラグエルの態度に苛立つ。
「だから殺す必要はなかったんじゃないのかって聞いているんだ。あのまま警視庁に居座れば捜査情報を流すこともできただろうに」
ラグエルは首を横に振った。
「いいえ。その役はアズラエルでもできるでしょう。それにもう警視庁への潜入捜査は必要ありません。それはつまり須田哲夫も不必要ということです。あの方からの命令に従っただけですよ」
するとラグエルの携帯電話にガブリエルからのメールが届いた。
『ラジエルの後任が決まったら、どっちに所属させる』
ラグエルは頬を緩ませ、メールを返信した。
『西日本組で構いませんよ。こちらにサンダルフォンを招き入れる許可が降りたらね』
運転手のサマエルは車を走らせた。走行中ラグエルの携帯電話にガブリエルからのメールが届いた。
『分かった。でもサンダルフォンは恥ずかしがり屋さんだから、あなたたちの前には現れないからね。関東地方内のどこかに送り込むから探してみたら。職務はしっかりするから安心して』
「気が向いたら探しに行きます。計画師サンダルフォンを」
羽田空港に向かっている車内でラグエルは呟いた。
同日午後3時。羽田空港で江角千穂は愛澤たちを待っていた。なかなか来ないと江角が思っていた頃、空港のテレビではニュースが流れた。
『国立微生物研究所は先ほどの記者会見でブランディティアのワクチンが完成したと発表しました。このワクチンは今月1日未明に退屈な天使たちのアジトに放置されていたアタッシュケースの中から発見されたブランディティアの治療薬の成分を参考に作成したもので、監禁されていた佐藤真実さんはこのワクチンを使用して今日にも退院するもようです』
このニュースが終了した頃旅行鞄を持った愛澤と板利が江角の前に現れた。愛澤は江角を見て驚いた表情をする。
「お見送りに来るとは思いませんでした。ところで宮本栞と東條清太郎はどうしましたか」
「宮本さんは横浜港にいます。あそこから出る船で鴉さんとジョニーさんは旅行に出かけるそうですよね。今頃彼女はそのお見送りをしているでしょう。東條さんは遅刻です」
愛澤春樹と板利明はイタリアマフィアからの応援要請でミラノへと向かうことになった。レミエルと鴉たちは新メンバー発掘世界一周の旅を過ごすらしい。世界を転々としてラジエルの後任を探すのだ。
退屈な天使たちのメンバーは散り散りになる。本格的な活動は当分先になるだろう。
江角は愛澤と板利に握手を求める。
「イタリア遠征を頑張ってください」
すると空港内にアナウンスが流れた。
『イタリアミラノ着の飛行機の搭乗の手続きを行います』
愛澤と板利は搭乗口に向かい歩いていく。その後姿を見た江角千穂は彼らが見えなくなるまで会釈を続けた。
お見送りが終わった頃に東條が江角の前に現れた。東條は周りを見渡しながら江角に質問する。
「もう行ったんか」
「はい。もう行きましたよ。遅かったですね」
東條は肩を落としながら出口へと向かった。その後ろを江角は追いかける。
「そういえば東條さんは電車でここまで来ていましたよね。よければ送りますよ」
江角の一言を聞いた東條は元気になった。
江角が運転するekワゴンの助手席に座った東條は笑顔になった。
東條は運転する江角の横顔を見ながら、あることを思いだした。
「バスジャック事件あったやん。あんときに出会った茶髪のサングラス男とどこにでもいそうな専業主婦のような女。あの二人は四組目のバスジャック犯かもって思ったんやけど、違ったわ。あの茶髪のサングラス男はただのミステリファンや。きっとリアルなバスジャック事件に巻き込まれて悩んだんやろな。あのままバスジャック事件の人質になれば、ドラマのようにバスジャック事件を楽しむことができるが、命も大切やと専業主婦に論されて降りたんやろな」
「そうですか」
江角は腑に落ちない表情をした。その表情を見て東條は心配そうに彼女の顔を見つめる。
「どうしたんや。江角はん」
「いいえ。ずいぶん中途半端な事件だなと思っただけです。子供と老人の人質を解放した時点でバス内に残った私と東條さん以外の人質が全員犯人でもおかしくなかったと思うのですが」
「ああ。オリエント急行のことやろ。あの推理小説のような展開を望んでたんか」
「その方がおもしろいでしょう」
江角が笑顔になって東條はほっとした。
原作者山本正純です。長編サスペンス超大作というコンセプトの元執筆した警察不信が完結しました。
シリーズを通して暗躍しているテロ組織退屈な天使たちとの激しい戦いは見ものだったと思います。頭脳戦から銃撃戦まで幅広い戦いを描くことができたと思います。いつもよりアクションシーンが多かったような。
警察組織と退屈な天使たちとの戦いは退屈な天使たちに軍配が上がりました。さすがに警察組織が負け続けると、国民全員が警察不信になるでしょう。ということで合田警部たちに頑張ってもらいました。妨害によって結果は変わりませんでしたが、彼らは最後に退屈な天使たちに致命傷を負わせることに成功しました。
最初はラジエルの確保。ラジエルは退屈な天使たちの暗殺者で、ラグエルが追っているシージャック事件の重要な証人。記憶を取り戻すために暗殺稼業をやらされているが、本心では暗殺稼業を辞めたいと考えています。大野の熱い心で自首を考えた彼女は善人に戻ろうとしました。しかしラグエルへの忠誠心から組織の情報を漏らさないために拳銃自殺をしましたが、未遂に終わりました。ただ昏睡状態に陥りましたが。
本来なら警察病院に潜入してラジエルを暗殺するはずですが、なぜか保留になっています。暗殺担当メンバーがいないからか。いいえ。それはないでしょう。サラフィエルやハニエルというチートすぎる構成員がいるので、人員的な問題ではない気がしますが。
ラジエルが冥土の土産に自己紹介なんてするからコードネーム情報が警察組織に漏れました。公安もコードネームまでは掴めていないので捜査がかなり進展するのではないでしょうか。ラジエルが銃弾に倒れた直後にウリエルが大野をスタンガンで気絶させて、爆弾が仕掛けられている客室に放置すれば、コードネームが漏れることはなかったのに。それをやったら退屈な天使たちに対抗できる貴重な捜査員を失うことになるでしょう。それはまずいのでやめました。
次が連続強盗殺人犯鬼頭の逮捕。彼は最強敵と言っても過言ではないでしょう。素手だけで多くの人間を殺し、見事な血の海を完成させる。今作にグロ表現が取り入れられるに至った張本人。何度も警察組織が彼を逮捕しようとしますが、圧倒的なパワーに手も足も出ません。
最強の怪物には正攻法が通用しない。怪物を倒すためには銀の弾丸が必要。合田警部が導き出した銀の弾丸は、ある女性の名前だった。それは鬼頭を善人に戻すことができる唯一の名前。その名前を聞いた鬼頭は戦意を消失しました。
一応補足しておくと、あの名前とどんな怪物にも立ち向かうという熱いまなざしが合わさって初めて銀の弾丸は完成します。間違ってもあの名前を連呼すれば、ハニエルでも鬼頭に勝てるとは思わないでください。
最強の協力者鬼頭と構成員ラジエルを失った退屈な天使たちは活動をかなり制限されます。特にウリエルは今回逮捕ぎりぎりまで追い詰められているので、活動を自粛して普通の女子大生宮本栞としてしばらくは生活します。
これでやっと退屈な天使たちと対決するための準備ができた警視庁。連敗を打破することができるのかという所で今作は終了。
次に退屈な天使たちが表舞台に出てきた時はどっちが勝ってもおかしくないような戦いができるはず。退屈な天使たちはしばらく通常通りの暗躍に徹するので、それがいつになるのかは分かりません。
最後に私の長編小説をここまで読んでくださった読者様に感謝しつつ活動を休止します。
結局退屈な天使たち最強は誰だったのか。




