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警察不信  作者: 山本正純
Episode 5 銀の弾丸
104/106

Side.104 透明人間の正体 Invisible man's true character

 午後11時30分。東京クラウドホテルの客室に仕掛けられた爆弾は次々に爆破されていった。ホテルはいつ倒壊してもおかしくない。そんなホテルの屋上に喜田参事官は立っていた。月は雲に隠れていて見えないため、屋上は暗闇に包まれている。

 その彼の背後には殺気に満ちた一人の刑事が立っている。その刑事の拳銃の銃口は喜田の頭に突きつけられている。

「これでお前ら退屈な天使たちは終わりだ」

「やっぱりあなたでしたか」


 刑事はまさかと思った。今彼の前に立っている男の声は喜田参事官の物ではない。

 刑事は男の声を聞き悔しがる。

「くそ。やっぱりあんたかよ。ラグエル」


 喜田参事官に変装したラグエルはフェンスに背を向け、マスクを剥がし素顔を出す。

「最初からあなたが透明人間ではないかと私は疑っていました。そうですよね。偶然を装い喜田参事官と接触した北海道警の海原三郎警部」

 雲は晴れていき屋上を月明かりが照らした。

少しは明るくなった屋上でラグエルと海原三郎警部は対峙している。

「なぜ僕が透明人間だと分かりましたか」

「動機から考えてみました。私はあの方からの特命で喜田参事官に接触してくる刑事を監視していました。どうしても離れられない仕事があった時はウリエルに監視を頼みましたが。透明人間が活動を開始したのは10年前から。そしてあなたは13年前の10月まで栃木県の捜査一課で仕事をしていたそうです。あなたが栃木県警捜査一課で最後に挑んだ殺人事件は、当時世間を騒がせた黒蝶事件です」


 1999年9月1日。栃木県のとある駐車場で倉崎加奈子という23歳女性の死体が発見された。その女性は何者かに絞殺されて、駐車場に遺棄されたものであると思われた。被害者の髪の上には黒い蝶の死骸が落ちていたという。猟奇殺人としてマスコミは取り上げたが、事件の真相に辿り着く手がかりが見つからず事件は迷宮入りした。この事件の背後には退屈な天使たちの暗躍があったのではないかという噂が一部で囁かれている。

「退屈な天使たちが黒蝶事件に関わっているのではないかという噂は事実です。あの事件の犯人は我々退屈な天使たちのメンバー。コードネームのある構成員ではありませんが。アズラエルは事件の真相を隠蔽しました。それが許せなかった。とすればあなたが喜田参事官に殺意を抱いていることが説明できます」


 だが海原は首を横に振った。

「ちょっと待ってください。そんなことで殺意を抱くはずがないでしょう。大体それが動機なら当時相棒を組んでいた赤城警部が透明人間でもおかしくないではありませんか」

 ラグエルは手を叩きあることを思いだした。


「そうでした。黒蝶事件の真相はただの地雷に過ぎません。本当の動機と組み合わせることであなたはアズラエルに殺意を抱くようになったのでしょう」


 ラグエルは拳銃を取り出しながら推理を疲労した。

「本当の動機は6年前の社長令嬢詐欺事件。この事件の被害者倉崎千尋さんとあなたは恋人同士だった。彼女と黒蝶事件の被害者の関係は姉妹。黒蝶事件の捜査の最中に運命的な出会いをしたあなたは、彼女と交際を始めました。そして6年前倉崎千尋さんが退屈な天使たちによる詐欺事件の被害にあい、事態は急変。詐欺事件に巻き込まれたという強いショックで彼女は自殺しました。あなたは倉崎千尋さんを自殺に追い込んだ退屈な天使たちが許せなかった。それが動機ですよね」

 海原はラグエルの推理を聞き頷く。

「そうですが少し違います。千尋は黒蝶事件で大切な姉を失いました。彼女の大切な人も奪った退屈な天使たちが許せなかったんだ」

 

 海原の言葉を聞きラグエルはある男の言葉を思い出した。神の悪戯なのかあの日の夜も屋上で一人の男と対峙していた。さらに爆弾も仕掛けられているという共通点まである。その男朝倉はラグエルの復讐を否定した。その男の言葉を彼は忘れない。

「間違っています。たとえ他殺ではなくても自殺まで追い詰めた友人に復讐しなければ気がおさまらない。たしかにそうでした。昨日大森を射殺するまでは。引き金を引いた後思いました。友人には自殺した人の分まで生きる権利があると。分かりませんか」

 朝倉の言葉を思い出したラグエルは笑った。


「そういうことですか。分かりました。これが神のお告げです」

 ラグエルは自分の拳銃を屋上から意図的に落とした。海原は突然の出来事に開いた口が塞がらない。

「なぜ拳銃を捨てたのですか。答えてください」

「拳銃の一丁くらいなら鴉さんが回収してくれるでしょう」

「そうじゃない。なんで唯一の武器を捨てたのかって聞いているんだ」

「分かりませんか。身体検査をしても構いませんが、私は丸腰です」


 海原は疑いの目で見ていたので、ラグエルは防弾ジョッキを脱ぎ捨てた。

「これであなたに対抗する術はない。だから自由に撃っても構いません。今撃てば確実に私を射殺することができます」


 ラグエルの言うように射殺は容易になった。だが本当に彼を殺していいのか。今海原の前にいる男は恋人を自殺に追い込んだテロ組織のメンバー。彼は詐欺計画に関わったとされる男だ。彼を殺せば彼女は喜ぶのか。

その前に海原は警察官だ。どのような犯罪者も法で裁く。復讐なんてご法度。それこそが警察官の正義ではないのか。

海原に迷いが生まれた。拳銃を構えている彼の腕は震えている。

「分かった。僕は・・」


 答えを言う前に海原の胸元は撃たれた。海原はその場に血を大量に流しながら倒れた。ラグエルは株式会社マスタードアイスの最上階から覗いているライフルを見つめる。

「まさか結末も同じだったとは」


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