Side.103 殺人中毒者の心 A homicide addict's heart
その頃サラフィエルは株式会社マスタード・アイスの中で頬を緩ませてメールを打っていた。
『あんたの出番やで』
サラフィエルにメールが届いたタイミングでレミエルもメールを受け取った。彼は悔しそうにメールを読む。
「ラジエルが警察に捕まったか。今救急車で緊急搬送されて意識不明の重体。まあそんなことはどうでもいいが」
ハニエルは心配そうにレミエルに質問する。
「でも本当に大丈夫なのですか。これでラジエルは警察の監視下に置かれるのでしょう。口封じをしにくいと思いますが」
「大丈夫だ。ラジエルだけで我々の組織は潰せないからな。ラジエルの代わりくらいいくらでもいる。いざとなったら病室ごと爆破すればいいだけの話だ。ラグエルに頼めば病室に侵入して爆弾を仕掛けることくらい朝飯前だろう」
レミエルの話を聞いたサラフィエルは手を挙げて彼に質問する。
「なんで救急車を襲わないんや。救急車を襲撃した方が手っ取り早いと思うんやけど」
「救急車は襲うなという指示があの方から出されているから手出しができない。あの方の指示は絶対だ」
サラフィエルは納得した。
レミエルにとっての仲間とはその程度の物なのだろう。ラジエルはただの使い捨て用品に過ぎない。そのような考えがハニエルには伝わってきた。
午後11時20分。東京クラウドホテル35階にあるパーティー会場。神部首相補佐官を人質にとって連続強盗殺人犯の鬼頭は立て籠もっている。鬼頭の前には千間刑事部長とSAT隊員たちが集まっていた。
「鬼頭。お前は完全に包囲されている。狙撃許可は受けているんだ。この場でお前が首相補佐官を殺害したら、ここにいるSAT隊員がお前を狙撃する」
千間刑事部長の言葉を聞き鬼頭は大笑いした。
「忘れてないか。俺はこのような修羅場を何回も経験し、無傷で生還しているんだ。このホテルに突入してから一人も殺してないから勝てると考えているかもしれないが、そんな根拠は無意味。雇い主から殺害許可は受けたからな」
鬼頭は千間刑事部長に銃口を向ける。だがその時合田警部が鬼頭の前に立ちふさがった。
突然合田警部が現れたことに千間刑事部長は驚く。
「なんでお前がここにいる。危険な現場に臨場する許可は出していない」
「俺は手遅れになる前に連続強盗殺人犯鬼頭に隠された真実を伝えに来た」
銃口を前にしても合田警部は堂々としている。そして彼は鬼頭の前で事件の真相を話しだした。
「あなたはこれまで数えきれないほどの連続強盗殺人事件を起こした。その中で唯一死傷者を出さなかった事件があった。それは13年前の7月31日栃木県で起きた倉田家強盗殺人未遂事件。なぜこの事件だけ死傷者が出なかったのか。その答えを握っていたのは、一人の女性の存在。その女性の名前は倉田明日香。22年前に発生した失踪事件の被害者と同姓同名の名前。調べたらこの同姓同名は仕組まれたものだと言うことが分かった。22年前に失踪した倉田明日香さんのことを忘れないようにつけたらしい。そんなことを知らずあなたは連続強盗殺人事件を倉田家でも行った。そこで同姓同名の倉田明日香に出会ったあなたの殺意は消えたんだろう。そこまでして同姓同名の倉田明日香さんを守ろうとした理由は・・」
合田の話を聞いた鬼頭は怒鳴る。
「止めろ。もう聞きたくない。俺は殺人中毒者だ。今日まで雇い主が命じた場所で連続強盗殺人事件を起こすという商売をしてきた。ある日俺は馬場研究所の馬場大輔に雇われて、研究所内の警備をした。あの仕事は殺人中毒者である俺にとって退屈な仕事だった。人体モルモットが逃げないようにする抑止力。あの研究所での仕事は番犬と同じだ。あそこにいた奴らは俺の顔を見て怯えていたが、彼女だけは違っていた。倉田明日香は俺というモンスターに立ち向かおうとしていた。彼女を殺すことは容易だったが出来なかった。彼女の眼差しは母親の物と同じだったからな。それから明日香は死亡したが、どうしても彼女のことは忘れることができない。彼女のことを思いだすと、連続強盗殺人犯という人格が死んでいくような感覚に襲われる。その感覚を俺は多くの人間の血で染めることで消し去るのだ」
連続強盗殺人犯は人間としての心を取り戻そうとしている。だがそんなことを鬼頭は許せない。殺人中毒者に人間の心は必要ないというのが鬼頭の信条なのだから。
「鬼頭。やっぱりお前も人間だ。どこかに人間としての優しい心が眠っている。その心を取り戻すチャンスをあなたは得た。だがあなたはチャンスを多くの人間の血で塗りつぶそうとした。それが間違いだったんだ。あなたに人間の心があるなら、それを大事にしろ。そうじゃないとこれまでにあなたが殺した多くの人間の命が無駄になる」
銃器になれている連続強盗殺人犯の手は震えている。合田の眼差しは倉田明日香の眼差しと同じだった。
倉田明日香のことを思いだした彼には殺意はない。鬼頭は1000人以上の人間を殺害してきた男。怪物のような腕力を持つ彼を逮捕することは誰にもできなかった。そんな彼にも人間の心があった。それを呼び起こす名前こそが連続強盗殺人鬼としての彼の息の根を止める銀の弾丸だったのだ。
殺気のない彼を逮捕することは容易だった。そうして連続強盗殺人犯鬼頭はあっさりと緊急逮捕された。




