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警察不信  作者: 山本正純
Episode 5 銀の弾丸
102/106

Side.102 悲しみの銃弾 The bullet of sadness

 東京クラウドホテルに向かっている合田警部は走っている。

(早く鬼頭を逮捕しないと首相補佐官が危ない)


 道を急いでいると、カップルのような演技をしているハニエルとサラフィエルとすれ違った。

「東條さん。プレゼントありがとう」

「江角に似合うと思って買ったんや。うれしいで」

 合田警部はすれ違ったこの二人が退屈な天使たちのメンバーであることを夢にも思わなかっただろう。彼はホテルへ急ぐ。手遅れにならないように。


 その頃東京クラウドホテルの13階のある客室でラジエルが本物の司会者の山田の拘束を解いた。

「そろそろ避難してもらいますか。今頃パーティー参加者の大群がこの階の廊下を走っている頃でしょう。それに混じって逃げてください。大丈夫。パーティー参加者はパニックになっているから、一人増えたとしても誰も気づきませんから」


 ラジエルの言うようにドアの外では爆破と連続殺人鬼の脅威から避難しているパーティー参加者たちが走っていた。パニックになっている彼らの中に一人の男性が加わることは容易だろう。

 本物の司会者の山田はラジエルから逃げるように客室を出ていく。その後でラジエルは携帯電話を取り出しラグエルと連絡を取った。

「作戦通り彼を避難させました」

『ご苦労様です。それではあなたもホテルから退去してください』


 その頃ラグエルはホテルの従業員の更衣室にいた。誰もいないことを確認した彼は右から4番目のロッカーを開ける。そこには変装道具が入っていた。ラグエルは変装道具を見て頬を緩ませる。するとウリエルからメールが届いた。

『猫は保護しました』

 そのメールを読みラグエルは首を傾げる。

「彼女はいつから変な比喩表現を使うようになったのでしょう」

 ラグエルはこのメールはスパイの流したデマではないかと疑う。そうだったとしてもどうでもいいこと。彼は早急にある人物への変装を始める。


 ラジエルはホテルの客室から退去するために、ドアを開ける。簡単に変装したため顔は見えない。ドアを開けたタイミングで被疑者を護送している大野たちが通りかかった。

 まずいとラジエルは思った。殺人事件が発生したためホテルの客室には誰もいないことになっている。そんな客室から突然現れた女を警察官はどう思うのか。不審人物であると判断するだろう。ホテルの清掃員と適当に嘘を吐くと、後で面倒なことになるだろう。

(仕方ない)


 ラジエルは無言でスタームルガーMkIの銃口を警察官に向ける。

 明らかに一般人ではないと大野は判断した。ホテルの客室に隠れていたこの女は被疑者の命を狙っているのではないか。大野はそのように判断すると、一緒に護送をしている刑事に指示を出す。

「先に行ってください。おそらくこの女性は退屈な天使たちが用意した暗殺者です。ここは私が何とかしますから」

 被疑者を護送している刑事たちを見送ると大野は拳銃を構えた。拳銃対拳銃の一騎打ちが始まる。

 ラジエルは大野の後ろにあるガラス張りの窓に向かって発砲した。それにより大野は右肩にかすり傷を負う。

(この女性は本物の暗殺者。本気で対峙している相手を殺そうとしている)

大野は殺し屋のような冷たい目つきの女性を見て身震いする。すると沈黙していた女性が口を開いた。


「冥土の土産に自己紹介しましょうか。私は退屈な天使たちのメンバー。コードネームはラジエルです。こうやって自己紹介するときは、確実にあなたを殺す時だから」


 ラジエルは大野の右足に銃弾を撃ちこむ。だがそれでもかすり傷程度しか負わなかった。

 まさかと思い大野はラジエルに話しかける。

「あなたは優しい人ではありませんか。だって今あなたは私の右足に銃弾を撃ちこみましたが、かすり傷程度しか負っていません。最初の威嚇射撃も右肩にかすり傷程度を追うような軌道で撃っていました。職務中に殉職する覚悟は出来ています。だから最後に聞かせてくれませんか。なぜあなたは退屈な天使たちの暗殺者になったのかを」


 大野の言葉を聞きラジエルは唇を噛む。そして涙を流しながら彼女は質問に答えた。

「本当は殺したくない。記憶が戻るならやってもいいと思ったけど、本当は殺したくない」

 それは悲しい暗殺者の叫びに聞こえた。ラジエルにどのような事情があるのかを大野は知らない。ただこれだけは分かる。彼女は本物の殺人鬼ではない。彼女には優しい心があるのだ。やむおえない事情で暗殺の仕事に手を染めているのだろう。


 だがそれでも彼女は何人もの人間を殺してきたのだろう。その事実は彼女が優しい人間だったとしても変わらない。

「それなら自首をしませんか。自首すればもう誰も殺す必要はありません」

「それもいいけど・・」


 ラジエルは大野の隙をついて彼を殺害するつもりだった。トリガーを引こうとした時、彼女の耳にヘリコプターの音が聞こえた。

 彼女の脳裏では過去の出来事がフラッシュバッグされる。

 どこまでも続く海。どこかの浜辺に彼女は打ち上げられた。それより前の記憶は、双子の友人が爆発に巻き込まれて死んでいく姿。


 ラジエルは放心状態になって、スタームルガーMkIを床に落とした。チャンスだと大野は思った。退屈な天使たちのメンバーと名乗った彼女を警視庁に移送すれば組織の真相に近づくことができる。上手くいけば組織を崩壊へと導くこともできるだろう。


 大野は銃弾を発砲した。それはただの威嚇射撃のはずだった。彼女の左腕を撃ちぬくまでは。ラジエルの左腕は自分の血で染まっている。おかしいと大野は思った。彼女は大野にかすり傷程度の銃弾を撃ちぬくことができるほどの実力者だ。それなりの動体視力があるだろう。それにも拘わらず彼女は避けることをしなかった。


 大野は彼女に近づき、ハンカチで止血をしようとする。

「一体なぜ避けなかったのですか。あなたほどの実力があれば銃弾くらい避けることができるでしょう」

「確かに銃弾は避けることはできた。けれどこのままいけば私は死刑になる。逮捕はあの人への裏切り。だから私はここで・・」

 ラジエルは床に落とした拳銃を素早く回収すると、自分の頭に銃口を向けた。

「止めなさい。自殺なんて方法を誰も望んでいません」

 ラジエルは大野の言葉に耳を貸さない。

「さよなら。ラグエル」


 拳銃自殺。きれいにラジエルの頭を銃弾は撃ちぬいた。大野は虫の息の彼女に近づく。

 応急処置をしても助かるかは分からない。それでも彼は彼女の応急処置を行う。彼の脳裏には目の前で自殺をした久保田花子のことが浮かんでいる。あのやるせない気持ちを抱くのはもうたくさんだ。そのように思った大野は救急車を要請する。


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