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婚活と肉


今のところ、わたしの婚活は連戦連敗している。

顔で選ぶから悪い ─── というラシェドの説には頷きたくない。仮にも女王であるわたしのもとへ持ち込まれる縁談だ。いくら容姿がよくても、人々が眉を顰めるような素行の悪い者は初めから弾かれている。

例を上げるなら、顔がいいだけの箱入り王子さまは許されるけれど、顔がよくても暴力的だとか、ギャンブル狂いだとか、隠し切れないほどの醜聞がある男性は排除される。

残るのは“隠しきれる程度の醜聞持ち”だ。

清廉潔白な貴族・王族なんてそういないので、だいたいは何かしら抱えている。


今回のように、秘密の恋人がいるだとか。

前回のように、結婚したらこの国の全権を握れると勘違いしているだとか。


(わたしに向かって『これは陛下のためを思っていっているのですよ。率直に申し上げて、血筋の卑しい小娘に玉座は重すぎるでしょう。私が肩代わりして差し上げます』といい出したときには、さすがに二の句が継げなかった。とてもお付き合いしきれない人間性であるし、反逆の台詞を堂々といってしまう驕りはすごすぎた。悪い意味で)


前々回のように、母親至上主義だったりだとか。


(留学という名目のお見合いに、密かに母君も同行していらっしゃると知ったときには、さすがに引いた。それを素晴らしいこととして話す本人にも引いた。母君想いなのはいいことかもしれない……! と必死に思い込もうとしたけれど、何かにつけて母君と比較されて白旗を上げた)


今までを思い出すと、第三王子は、比較的まともな人物だったと思う。

……まあ、公衆の面前で女王相手に婚約破棄を宣告してしまうのは、かなり問題があるとは思うけれど……。今までで一番、周りの被害は甚大だろうけれど。

でも、話していて、平気でわたしを馬鹿にしてくるような人柄ではなかった。優しそうな人だった。箱入りで、少しばかり思い込みの強そうな印象は受けたけれど、そのくらいは許容範囲だった。それに顔が可愛い系の美形だった。わたしは格好良い系の美形も好きだけど、可愛い系の美形も好きだ。


この人を愛せたらいいなあと、本心から思っていた。

政略結婚ではあるけれど、愛情と信頼を築けていけたらいいと願っていたのだ。


……だけど、彼が、こっぴどくわたしを振っても、わたしの心には痛みも悲しみも、屈辱さえ浮かばなかった。ただ、この事態にどう収拾をつけるかということしか考えなかったのだから、わたしも冷たいものだと思う。

結局、彼を未来の夫として愛することも、恋の欠片を抱くこともできなかったんだろう。

新しい恋がしたいと思っても、なかなかうまく行かないものだ。


わたしがため息をついていると、マリーがお酒を持ってきてくれた。


「あんたも飲む? 失恋のヤケ酒が飲みたいなら用意するけど」

「気持ちだけありがたく受け取っておく……」

「まあ、あんた、酒弱いからね。やめておいたほうがいいか。じゃあ、とっておきの干し肉を炙ってきてあげようか?」

「この夜中に!? 突然の肉!?」


思わず叫んでしまったけれど、マリーはこともなげにいった。


「落ち込んでるときは肉よ。それにあんた、肉は好きでしょう」

「好きだけどさあ……! こういうときって、普通、侍女からは、甘いお菓子とか、砂糖漬けの果物とかを『いかがですか、姫様?』なんて提案されるものじゃないの? 夜中に肉を貪り食う女王なんている!? いたとしても怪談話にしか出てこないよね?」

「え……っ、甘いものがよかったの? ごめん、干し肉しか常備してなかったわ」

「むしろなんで侍女が干し肉を常備してるのか聞きたいよ、わたしは!」


戦場の王女だった頃ならともかく、王位についてはや五年。常備しておく必要性がまるで感じられないのは、わたしだけではないはずだ。

だけどマリーは、けろっとした顔でいった。


「非常用の保存食よ。あんたがいつ、玉座を追われて、身一つで命からがら逃げる羽目になっても、ご飯に困ることのないようにと思って」

「そんな心配をされてたの……!?」

「大丈夫、そのときは一緒に行ってあげるわよ。あたしがいる限り、あんたにひもじい思いはさせないわ。安心しなさい」

「なんて頼もしい……! 何かちがう気がするけど頼もしい! なら、そのときは、わたしは頑張って追っ手を倒すね……。二人で都落ちしようね……」

「馬鹿馬鹿しい妄想はそこまでにしてください」


ラシェドが、話は終わりだといわんばかりに、パンと手を叩いた。

それから、冷ややかな視線をマリーへ向けていった。


「マリエール、何度も忠告していますが、あなたは陛下の立場を考えて言葉遣いを選ぶべきですね」

「あら、残念。陛下の婚約者を破滅させた男に忠告されても、耳を傾ける気にもなりませんわ、宰相閣下」

「それは正しい表現ではありませんね。私は、陛下を裏切った男に相応の報いを受けさせただけです」

「さすが、嘘をもっともらしく飾り立てることだけは、得意でいらっしゃいますわね」


マリーは、顔の皮一枚だけで、上品に微笑んでみせた。

そして、まったく笑っていない瞳で続けた。


「ですが、宰相閣下こそ、陛下のお立場を考えられたらいかがでしょう? 王女だった頃とは違いますのよ? 宰相の撒き餌になっているなどと噂されること、わたくし到底我慢なりませんわ」

「撒き餌?」


わたしはそこで口をはさんだ。

マリーとラシェドがやり合うのはいつものことだけど、撒き餌というのは初めて聞いた。

どういうこと? と、二人にかわるがわる目をやれば、ラシェドは薄い笑みで沈黙し、マリーは嫌そうに顔を歪めた。


「そこの屑に聞くといいわ」

「マリー、いいすぎ。それはいいすぎ」

「あんたが甘いから、あたしは厳しくていいの。……あたしはもう休むから、何かあったら呼んで」


マリーは、そういうと、さっさと部屋を出て行ってしまった。

撒き餌の説明はされないままだ。

仕方なくラシェドに目を向けると、自称・忠義に厚い男は、にっこりと微笑み返してきた。

完全に黙秘の構えだ。これのどこが忠義に厚いのだろうか。ペラペラに薄いの間違いじゃないのか。

わたしは、正面突破を早々に諦めて、自他ともに認める忠義がぶ厚い騎士様へ矛先を向けた。


「オリオール? 知ってる?」


金髪の美青年は、頭痛に堪えるように、片手で額を押さえた。


「オーリ? 聞かせてくれるかな?」


わたしがにじり寄ると、保護者兼騎士様は、とうとう白旗を上げた。


「その……、あなたの縁談が破談になるたびに、ラシェドが手を回して、莫大な慰謝料や、交易路の管理権、王家に有利な契約などを、賠償の条件として相手方に呑ませているでしょう?」

「ふふっ、忠臣としては当然の働きでございます」

「自分で忠臣というあたり、胡散臭さすごいけど、まあ、転んでもただでは起きない精神は大事だと思うよ?」

「ええ、ですが……。毎回そうとあっては、怪しむ者も出てまいります。果たして本当に、()()()()()()()? と」


ああ、と、そこでようやく、わたしも察した。


「ラシェドが、わたしの結婚を餌にして、標的を釣り上げているという噂が出てるのね? 女王に結婚する気は初めからない、最初から破談にするつもりだって?」


オリオールが渋い顔で頷いた。

なるほど、それはなかなかの悪評だ。悪辣な宰相と傀儡女王の噂がまたいっそう広まるだろう。

ラシェドは、いかにも残念そうに、首を横に振っていった。


「口さがない者たちがいるものですね。困ったものです」

「他人事のようにいわないでほしいな? あなたが元凶でしょうが」

「それにラシェドは、殿下であった頃の陛下を、戦場で何度も囮に使った前科がありますからね」

「ああー……」


わたしは深い納得の声を上げて、しみじみといった。


「たしかに、あれを知っている人なら、信じるよね」



それはまだ、わたしがただの、死地に送り込まれた15番目の王女だった頃の話だ。





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