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元15番目の王女


「マジないわー。婚約解消したいなら、水面下で交渉してくれたら、こっちだって平和にすませられたのに。皆の前でいう!? 普通いわなくない!?」

「あんたの男を見る眼のなさが、一番ないって感じだけど」

「ひどっ! 酷いよ、マリー……」


わたしは泣き崩れる真似をした。真似だけだ。いまだにマリーにドレスを脱がせてもらっている最中なので、実際にはろくに身動きが取れない。

ここは女王の私室で、室内にいるのはわたしとマリーだけだ。だから気兼ねなく乱雑な喋りができる。わたしの教育係であるアメリアが聞いたら、間違いなくしかり飛ばされるだろうけど。

しかし多少は許してもらいたい。こちとら貧乏生まれの戦場育ちだ。王族らしい高貴さなんて、所詮後付けのはりぼてである。


わたしは先王の15番目の王女として生まれた。子沢山だよね、先王。でも問題は、王女は15人も生まれたのに、王子が1人しか生まれなかったことだ。

後継となる王子を、先王はそれはもう可愛がった。隣国から攻め込まれようと可愛がった。国境が危機に瀕しようと可愛がった。

そして、国境を守る貴族たちから怨嗟の声が上がると、今度は彼らをなだめるために直系の王族を送りこんだ。

それが、ぴちぴちの幼女だったわたしである。


わたしのお母様は、大変な貧乏貴族だったのだ……。一発逆転をかけて美貌を磨き、見事に王の側室に収まって、子供まで産んだ手腕は素晴らしい。王子ならもっとよかったのだろうけど、あいにく王女だった。

側室の中で、最も貧しく、後ろ盾を持たなかったお母様は、幼い娘を戦場に送り込まれても、何もいえなかった。逆らえば、母娘ともども死ぬだけだ。


母にとって唯一の幸運は、その戦場に、オリオールがいたことだろう。

オリオールは、生まれ持った身分こそ低かったが、騎士団に入り、多くの功績を上げていた。

彼は『ひとたび剣を持たせれば戦神のごとき強さ』と称えられ、それでいて平時は穏やかな人柄で声を荒げることもなく、上司からも部下からも信頼が厚かった。

若くして騎士団のかなめとなっていたオリオールは、なにを隠そう、わたしの遠縁のお兄さんだった。いや、わたしも、戦場行きが決まって初めて知ったんだけどね。


オリオールは、お母様とは遠縁の親戚で、お母様が後宮に入る前は、年の離れた弟のように可愛がっていたらしい。お互いに貧乏貴族の家柄だったが、だからこそ助け合っていたのだとか。

彼は母に受けた恩を忘れなかった。

名ばかりの王女が送り込まれた戦場で、戸惑いや怒り、呆れや失望が渦巻く中で、オリオールだけは、真っ先に、わたしに跪いて忠誠を誓った。

オリオールがいたから、わたしは生き延びたといっても過言ではない。というか100%真実である。オーリがいなかったら、どう考えても最初の戦いで死んでいた。


その後、幾度もの戦いを経て、わたしは玉座についた。

人生、なにがあるかわからないよね……。

自分でいうのもなんだけど、わたしは王女としては平凡の極みだったので、まさか王様になる日が来るとは思わなかった。

ついでに、王様になったからといって劇的な変化など起こるはずもないので、平凡極まる王女殿下から平凡極まる女王陛下に立場が移行しただけである。

平凡極みな王女様がどうして玉座に登れたかといえば、王家の深刻な人材不足と、わたしの有り余る幸運パワーのせいだ。いや本当に。

わたし自身、何かに憑りつかれているのかな? 神様の守護とかあるんじゃない? と少し怖くなるくらいに、わたしは昔から運が良かった。


まず、送り込まれた先にオリオールがいた。その後もマリー、カイ、アメリア、クローテスと、次々に有能な人間と出会うことができた。極めつけはラシェドだ。悪辣な策を立てることを、人生の悦びとする男だ。もう少し違う楽しみも見つけてほしい。


周りの人間が有能過ぎたおかげで、気がつけばわたしは玉座に座っていた。

いやあ……、ここまで登りつめる予定は、なかったんですけどね……。


さらには有能すぎる臣下たちのおかげで、わたしがろくに働きもせず、引退したご隠居のように茶を飲んで、茶飲み話に興じている間に、いつの間にか政権基盤は整えられていた。


みんなやることが早いよね……。


政治が安定してくると、途端に、次々と縁談が持ち込まれた。

わたしは戦場育ちだ。身体中に傷跡があるし、何なら顔にもある。眉の上にある傷は、化粧で隠せる程度の薄いものだが、高貴な方々は憐れみの眼を向けてくる。

わたし自身にとっては傷跡はただの傷跡で、それ以上でも以下でもないが、陰で傷物女王とあだ名するのはやめてほしいなーと常々思っている。

だってそれ、違う意味合いを感じさせるじゃない……!?

まだ結婚どころか恋人がいたことすらないからね!? 色んな意味でぴちぴちだから!

ぴちぴちだというのに、傷物女王なんてあだ名をつけられたわたしは、悔しさをばねに、婚活に励んだ。





早々に呼び出しをかけた宰相は、マリーが入れてくれたお茶を一口飲むと、しれっとした顔でいった。

「それは……、男漁りの間違いではありませんか?」

「婚活!! 今までの誰とも深い仲になってないでしょ! 婚約にこぎつけた今回が最長記録だったのに、誰かさんがぶち壊してくれたおかげで……!」


わたしは喉の奥で唸りながら、ラシェドを睨みつけた。

しかし、大嘘つき宰相は、無駄に整った顔立ちに、哀しみと憂いを浮かべていった。


「お気の毒に……。我が君は本当に、男を見る眼がなくていらっしゃる」

「あなたがぶち壊したんだよね!? わたしが気づかないと思う、ラシェド!? わたしの婚約者があれほど愚かしい真似をしたのは、どこぞの宰相にうまく乗せられたからでしょう……!」

「これはこれは、心外ですね。私を疑われるのですか?」


嘆く口調でいいながらも、唇の端は笑っている。憎たらしい。

どうせこの男が『悪しき女王に目を付けられてしまったのですね』『無理やり結婚させられるとはなんとお可哀想に』『ですが、真実の愛ならば皆が賛同してくれるでしょう』だとか何とかいって扇動したに決まっている。

乗せられる婚約者殿も婚約者殿だ。とはいえ、諸悪の根源がラシェドであることは間違いない。


「あなたね……。わたしの眼を見て、何もしてないといえる?」

「誓って、我が至高の主を傷つけるような真似は、一切しておりません」

「へえ。第三王子の立場を危うくする真似は?」


ラシェドは、いかにも驚いたといわんばかりに、眼を見開いた。


「それは罪に入るのですか?」

「入るよ!? わたしの婚約者ですよ!?」

「元婚約者でしょう」


ラシェドは、悪意というものを一切感じさせない、美しい微笑みでいった。


「陛下を裏切って女を囲う男に、私が配慮する義務はございません」

「ランデル王国との友好関係については配慮してほしかったな!? あとわたしの恋心にもね!」

「ええ、もちろん、ランデル王国からは多額の賠償金をせしめましょう。その金でコーレル河の橋建設を進められますね。最短の交易路が整えば、商人たちは大喜び、国庫も大いに潤うことでしょう。国庫が潤えば学院も設備も増やせます。有能な人材登用がさらに進み、みなが幸せになれますよ」

「そっ、それはいいことですけども……! いやでも! わたしの恋心が!」


必死で抵抗するわたしに、ラシェドは憐れみの眼を向けていった。


「我が君……。顔しか取り柄のない男を後宮に揃えたいのでしたら、そう素直におっしゃって頂ければ、私も微力ながらお力添えできるかと」

「そんな趣味はないわ!!」


わたしはテーブルをバンバンと叩き、それから肩を落としていった。


「わたしはただ……、格好良い王子様が好きなだけなのに……!」

「顔だけで選ぶから馬鹿ばかり集まる。これは自明の理でございます」

「美形が好きで悪い!? きれいな人を見るとお得な気分になるじゃない! それにちゃんと、我が国の利益になる立場の人を選んでますー!」

「ええ、ええ、もちろん存じております。ランデル王国からの賠償金が、いまから楽しみでございますね」

「わたしの宰相、失恋の傷に塩を塗ることしか言わない……!」


わたしは顔を覆って、テーブルに突っ伏した。


わたしは面食いだ。それは自覚している。

だけどなんだって、こんな人でなしな男を好きになってしまったんだろう。

どうせ叶わない恋にしたって、せめてオーリのような穏やかな人を好きになりたかった。きっとそのほうが幸せになれた。わたしが好きだと明言していた王子様を、わたしに一言の断りもなく、平然と地獄へ突き落したラシェドよりも、ずっと。




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