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裏切りの宰相と失恋女王  作者: 五月ゆき
本編前の話
17/22

3.城下街にて



石畳の道を、わたしは浮き立つ気分で歩いていた。

城下街の大通りは、今日も人の行き来が多く、賑わっている。あちこちの露店からは、盛んに呼び込みの声が響いていた。

わたしが一緒にいるのは、マリーとカイ、そしてラシェドだ。

お忍びで出かけたいということを、マリーに打ち明け、ラシェドに協力を求めると、二人とも、一緒に行くと譲らなかった。マリーは、普段から心配性なので、カイが護衛にいるといっても「あんた一人で街に下りるなんて駄目よ」というだろうことは予想していたけれど、ラシェドは想定外だ。

彼は、オリオールがモデルの芝居に興味があるわけでもないし、カイがいるなら大丈夫だとわかっている。だいたい、ラシェドは軍師であって、女王の護衛に適しているとは言い難い。本人だって、普段から「私に剣を持たせたところで瞬殺ですよ。無論、私が殺される側です」と公言しているような人だ。

だけど、ラシェドは、わたしがこっそり芝居を見に行きたいというと、にこやかに微笑んで、協力と引き換えに同行を申し出た。


「私もたまには息抜きがしたいのですよ、我が君」


……と、いわれたけれど、ラシェドは、あの公爵みたいに、芝居好きじゃない。そもそも、芸術全般に関心がない人だ。休日になれば、自室に引きこもって書物に埋もれているか、怪しげな薬の調合をしている。もしくは、情報収集のために、怪しげな会合に顔を出しているか、怪しげな相手に会っているか、まあ、その辺りだ。だいたい怪しいことをしている。

わたしは、ラシェドの意図が読めずに戸惑ったけれど、チケットまで手配してくれるといわれたら、拒む理由もなかった。

─── うん、本心をいってしまうと、拒むどころか、大歓迎でした……。





……こんな気持ち、表に出してはいけないとわかっている。

わたしが告白したとき、ラシェドはこういった。


『私の忠誠は、永遠に貴女のものですよ、我が君』


わたしだって、その言葉の意味がわからないほど、鈍くはない。

ラシェドはわたしのことを、特別に好きではなかった。わたしが彼を想うようには、彼はわたしを思ってはいなかった。ただ、日常を共有する相手への情のようなものだけが、そこにはあった。

だから、彼は“なかったこと”にしてくれたのだ。面と向かって拒絶すれば角が立つ。わたしとの関係がこじれたり、ギクシャクすれば、その影響は、軍全体へ及ぶ。わたしたちだけの問題ですむことじゃない。大勢の命に関わることなのだ。

ラシェドは、大人として、軍師として、臣下として、最善の態度を取った。


……それがつらくてたまらないなんていうのは、わたしの勝手な言い分だ。なかったことにしないでと、泣きたくなるのは、わたしの中の“ただのわたし”だ。これといって秀でた才能もなく、本来は王位につくはずもなかった、平凡なわたし。


もしも、わたしが、ただの貧乏貴族の娘だったら。

あるいは、ただの町娘だったら。

諦められないと、あなたが好きなのと、追いかけることもできたんだろうか?

ラシェドはああいう性格の人だから、素っ気なくあしらわれるだろうけど、それでも、好きといい続けて、どんな仕事でもするから、傍に置いてほしいと、まとわりついて……、そんな風に……、たとえ結末は同じだとしても、気持ちを押し殺すのではない終わり方が、あったのだろうか。


─── なんて、そんな空想をしたこともある。一瞬だけだ。

わたしは貧乏貴族の娘でも、町娘でもなく、十五番目の王女だった。

わたしは、わたしの望みのために戦い、多くの血を流した。赤く染めた道の先で、玉座に座った。わたしがその重みを忘れることはない。今さら引き返すことなどできないし、そのつもりもない。


今やわたしは女王で、ラシェドは宰相だ。

わたしたちには、ふさわしい距離感がある。適切な関係がある。わたしはこの気持ちをもう二度と表には出さないし、心の奥底にずっと隠しておくのだ。


本当は……、ラシェドを忘れて、吹っ切ってしまうのが一番いいと、わかっている。

そして、早めに、国内外の有力者から、夫を迎えるのがいいのだろう。

政略結婚にはなるけれど、夫になる人と、できることなら、愛をはぐくめたら、最善だ。

そう、頭ではわかっているのだけど、なかなか、心がついてきてくれない。わたしは重度の面食いのはずなのに、それでも、ラシェドが世界で一番格好良く見えてしまう。


……いや、でも、ラシェドって、実際に、すごい美形だよね……?

ハッキリいって、容姿の良さならオリオールにも負けず劣らずというか、ラシェドのほうが格好良いと思う。

残念ながら、マリーの同意を得られたことはないけれど。欲目が入っていることも認める。ごめん、オーリ。いや、オーリも本当に格好良いよ……!

ただ、マリー曰く『たとえ王宮中の女官に聞いて回ったとしても、全員が全員、オリオール卿のほうが素敵だというわよ』だそうだけど、わたしはそこまで差はないと思う。それにみんな、悪評の色眼鏡で見過ぎだと思う。確かにラシェドは、人間性に問題がある、あるけれども。でも、顔だけはいいです。断言します。

美形大好きなわたしが吹っ切れないのは仕方ないくらい、容姿だけは整っている……!





今日はそんな、世界一の美形で、こっそり好きな人と一緒に出かけられる。

それも、行く先が、戦場でも会合でも視察でもない、ただのお芝居を見に行くだけなんだ。

わたしが少しくらい浮足立ってしまっても、仕方ないと思う。

マリーに頼んで、髪飾りを用意してもらったのも、大目に見てほしい。あくまで庶民価格の髪飾りだし、変装の一環と言い訳ができる範囲だろう。

そう、今のわたしとマリーは、変装のために、洗いざらしのワンピース姿をしている。どこにでもいる普通の町娘だ。

もっとも、マリーは、平凡な服装をしたくらいでは、到底群衆に紛れられないほどの美貌の持ち主だ。先ほどから、すれ違う人々が、マリーとラシェドとカイに、それぞれ目を奪われているのがわかる。

一方のわたしは、完璧に、どこからどうみても、その辺にいそうな町娘だ。平凡さが極まっている。街並みに溶け込みすぎて、もはや埋没しているといっていいだろう。

……自分でいうのもなんだけど、わたし、これでよく、王位についているよね。こんなにも平凡な町娘を女王様に見せる、王冠と、豪奢なドレスと、高価な装飾類の効果はすごいと思う。


まあ、わたしは別に、玉座を目指していたわけじゃないから、不釣り合いでも仕方ないんだろう。王冠が欲しかったわけじゃなかった。わたしはただ、受け入れられなかっただけだ。わたしの大事な人たちが、この国の民が、王の名のもとに踏みにじられていくことを、認められなかった。


わたしは、ぐるりと街並みを見回す。王都の中でも特に名高いこの城下街は、今日も活気があった。そのことに、ホッと胸をなでおろす。ああ、よかったなと思う。温かな気持ちが、胸に満ちていくのを噛みしめた。




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― 新着の感想 ―
[良い点] はぁ〜本当に文章が美しいです。すいすい飲み物みたいに読めます。そのザラつきのないなめらかな文章の上にたくさんのキャラ達がものすごい説得力で立ってるのが素晴らしいです。 セレンティアの普通の…
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