踏み出す一歩。
「学校…ですか?」
アイリは首を傾げた。
読み書きも計算も、礼儀作法もシュトーレン領の奥様達にしっかり教え込まれたお陰で大抵のことはできる自信はある。
だがしかし、まだ足りなかったのかもしれない。
「アイリは優秀な子ですよ、我々が学校に行った方が良いと思うのは友達や知り合いをつくっていけたらと思ったからなんです。
ずっとユナの下働きを続けていくとも限りません。結婚したり別な職を望んだりしたときに、あるいは悩んだときに友があるのと無いのでは大違いです。」
アルベイルが微笑んで言う。
シュトーレンは小さな領だった。
名前は覚えきれなくとも余所者が来れば分かるくらいには。
農業とその加工品、工芸品を主な産業とする領ではアイリのような父なしの未婚で生まれた子どもは目立つ。
悪気なくからかわれたり、または悪意をぶつけられることも何度かあった。
それ故、アイリは館からあまり出ず、出されず過ごしていた。
「王都では良くも悪くも色々な人間がいる。
だから孤児も、片親も、未婚でも子どもを産むことも珍しくはない。
まぁ、煩い手合いはどこにでもいるし、厳しい目を向けられたりもするけど、結局はその人物の人間性によるよ。
俺なんかは、母親は貴族のお嬢さんだけど、父親は平民で、かつ父なし未婚の母親…まぁ俺の婆様がそんな立場の人だったしね。
だからさ、アイリ。
君の未来はひとつじゃないんだ。
色々な人と触れ合って、好きなものになることを望んだり、夢見ていいんだよ。
その一歩として、学校に行ってみないかい?」
にこにことユナカイトも言う。
上品な夫婦に見えたユナカイトの両親。
片方が世間的にいう訳ありな平民とは知らなかった。
「…私…下働き以外になれるんですか?」
シュトーレン領に居たとき、母が死んでからずっと奥様の屋敷の皆の役に立ちたいという思いから下働きとして働いてきた。
はじめはもちろん恩や感謝から。
けれども、どこかでそれしかなりようがないのだと思うようにもなっていた。
「もちろんだよ!
まぁしばらくは家にいてもらいたいけど…ね。
どうかな、行ってみない?」
「はい…行って、みたいです。」
またひとつ新しい世界に踏み込むのは、少し怖い気もしたけれど、アイリは踏み出そうと思った。




