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(えっ?)
なぎさは驚愕した。
(何故、若い刑事が英子と面識があるのだ? まさかとは思うが、英子は私の預かり知らぬところで探偵として活動していた?そんな、いつの間に……)
とたんにドヤ顔する英子。
「ふっふん。聞いた聞いた? なぎさちゃん。所轄のへっぽこ刑事が名探偵に現場で会った時の定番のセリフだよ」
だが、なぎさは冷静だった。
「あの、なんで英子ちゃん、いえ、あの女性をご存じなんですか?」
なぎさの小声での質問に、若い刑事はげんなりした調子で答えた。
「いや、なんでってこの人、泥酔者保護房の常連だし……」
「あ、ああ。そうですね」
(私は何を焦っていたのだろう。酔っぱらった英子ちゃんが警察にお泊りして、翌朝、迎えにいったこともあったのに……)
見ると英子はまだドヤ顔していたが、なぎさは流すことにした。
だが、そんななぎさに次の試練が襲い掛かる。
「で、死体はどこですか?」
◇◇◇
(しまった。焦り過ぎて、死体を事前確認していなかった。そもそも、人間の死体なのか? ただ、寝ていただけとか?いや、英子ちゃんのことだ。彼氏に捨てられたかわいそうな旧姓オランダ妻、現姓ラヴドールに空気を入れて仕込むくらいのことは……)
「死後6時間と言ったところですか?」
「そうだな、死因も後頭部への打撃で間違いなかろう」
刑事は普通に会話を始めていた。
「ふい~」
なぎさは一息ついた。
◇◇◇
「それで第一発見者は?」
若い刑事の問いに英子は元気よく手を挙げて、答えた。
「はいはいはーいっ」
若い刑事は露骨に嫌な顔をした。
「あなたですかあ? 今日は飲んでませんよね?」
「牛乳なら3リットルくらい飲んだよ」
「お酒でなければいいんです。てゆうか、朝から牛乳3リットル? 元気ですねぇ。では、いろいろお聞きしますよ。普通に答えてくださいね」
「おうよっ! 冤罪を着せられるのも、名探偵シリーズにはつきもの。どんと来いやぁ」
「普通に答えてって、言ったでしょ」
◇◇◇
事情聴取は遅々として進まなかった。
それというのも、英子が何かというと「ほう、面白い推理だね。刑事くん」だの、「はっはっはっ、あたしが犯人だというのか、青い青いぞ、刑事くん」だの、「最初の容疑者は絶対真犯人じゃないんだぞ。そんなことは捜査のイロハのイだ。刑事くん」だの、「古すぎて本放送は見てないぞ、刑事くん」だの言って、いちいち話が脱線するのである。
そのうちに「王子緑地公園」にはわらわらと野次馬が集まり、その奇人ぶりで町内にその名を馳せる英子には、犯行時間には自宅で奇声を上げていたという証言が山のように出てきた。
かくて、英子の憧れ「冤罪を着せられる=名探偵の証」は近所の人たちによって築き上げられた鉄壁のアリバイにより、もろくも崩れ去ったのである。
◇◇◇
「ねえねえ、刑事くん。あたし、つまんないんだぁ。もっと、犯人扱いしてよぉ~」
「はいはい。お兄さんは他の人の証言集めで忙しいんだからね。そこのブランコに乗って、いい子にして、遊んでるんだよ」
完全にぶんむくれた英子であったが、事態をひっかき回す才能だけは一級品だ。
野次馬の中でもひとりぽつんと立って、様子をうかがっている中年男に目ざとく気が付いたのである。
◇◇◇
足早に素早く中年男に近づく英子。
なぎさがそのことに気が付くのには、ワンテンポ遅れてしまった。
「不覚っ!」
なぎさは駆け足で英子のもとに向かうが、既にドラマは始まってしまっていた。
◇◇◇
件の中年男の前に堂々と立ちはだかった英子はこう言い放った。
「あなた。犯人ね?」
「うっ、ああ~」
不意を突かれた中年男は一瞬口ごもったが、すぐに続けた。
「そっ、そうだ。どっ、どうせすぐバレるだろうし、自首をしようかと……」
ブーッ
どこで仕入れたのか英子の手からクイズ番組の誤答のブザー音が発せられた。
「違うっ! そうじゃないっ! ほらっ、あたしがセリフ書いてやったから、これ読んでっ! 全く手間がかかるっ!」
中年男は当惑しながらも、英子の渡したメモを読み始めた。
「えーと。なになに? 『ほーお、探偵さん? この私が犯人? はっはっはっ、面白い推理ですな』。これでいいのか?」
「棒読みねぇ~。もっと、心を込めてっ! まあ、いいわ。次行くわよ。」
英子は中年男を右手の人指し指で指すと、もう一度言い放った。
「あなたが犯人ですね?」
「だから、さっきから自首するって言ってるじゃねぇか」
ブーッ
再度、ブザー音が発せられた。
「違ぁーうっ! この大根っ! そこは『ちいっ』って言って、隠していた車で逃げだすところでしょうっ! で、次に落ち合うのは、東尋坊の崖ねっ! あたしが追い詰めるから、殺した動機をそこで劇的に語りだすのよっ!」
「え? なっ、なに?」
中年男は得体のしれない怪しい者に出会った恐怖に心底おののいた。




