2-5.ビッチなギャルとオカマな店長
夕方、帰路についた俺のスマホが震える。見れば、みく姉からだった。
『お好きなピザを買って来られたし!』
ピザのスタンプがこれでもかとメッセージを彩ったかと思うと、店のマップが送られてくる。なんだこれ。
『みく姉、相手間違ってない?』
返信すると即座に既読のマークがついて、『あってるで~』とひと言返される。
「……てことは、パシリかよ」
まあ、みく姉には散々世話になってるし。これくらいはしかたないか、と送られてきた店の場所を確認する。どうやら目的のピザ屋はアパートと駅のちょうど間にあるらしい。
『了解』
俺の返信はまたもすぐに既読となって、数秒後には『ありがとう』とスタンプが送られてきた。返信早くね。っていうか、みく姉ってなんの仕事してんだ。二十代にしてアパートを買い、管理しているだけでも充分すごいのだが、管理人以外の仕事をしているとは聞いていない。引っ越し前は毎日料理を作りに来てくれていたし、引っ越してきてからも、みく姉は大概アパートにいるような気がする。いや、俺が学校へ通っている間に会社へ行っているのかもしれないが。
「これもヒミツってやつなのか?」
乙女心はよくわからん。俺は詮索をやめて改札をくぐる。マップに従って駅前の通りを脇に逸れた裏路地へ入ると、それらしき店が見えてきた。
小規模なビルの一階、ガラス張りの入り口に貼られた店名のステッカーを見つける。中を覗くと、客らしきギャルがカウンターの奥にいる店長と談笑していた。
「……よし」
少しの緊張を握りしめ、俺はガラス戸を押し開ける。カランと気持ちのよい音が鳴り、ギャルがこちらに振り向いた。そのせいで、ばっちりと目が合ってしまう。キラキラとしたギャルの好奇心に満ちた瞳が俺に突き刺さって痛い。
だが、ここでひよってはいけない。みく姉のためにもピザくらい買って帰らねば、男がすたるってもんだ。
「ピザ、持ち帰りで」
慣れた風を装って、俺が奥にいる店長らしき男にそう告げると、ギャルが
「あーっ!」
と大声をあげた。ピカピカと輝く黄色は、興味の色だ。まずい。なぜか本能がそう警告する。
え。待って。なに、俺なんかしちゃいました? 持ち帰りとかやってない感じ? それともこれだけで慣れてないとかわかんの? ギャルだから?
キョロキョロと目を動かして焦る俺に、ギャルは追い打ちをかけた。ビシリと俺を指して
「君!」
と俺を逃がすまいとする。彼女の指先、長いゴテゴテとしたネイルについた飾りが揺れた。
「ね、もしかして、もしかしなくても、高梨真琴クンでしょ!?」
こちらにズイと身を寄せられ、俺は思わずあとずさった。が、時すでに遅し。ギャルの露出の多い服装とうるわしいボディ、明るいオレンジのボブヘアから漂う柑橘の香り、それらすべてが俺にダイレクトアタックしてきて、思考回路をショートさせる。
「……あ、え?」
俺、こんなギャルの知り合いいた? 前世で会ったことある? てか、なんで俺の名前。
硬直していると、奥からメニューを持ってきた店長らしき男が「こら」とギャルを俺から引きはがす。
「お客さん、困ってるでしょ」
「えぇ~、だってさぁ! みく姉が『今からそっちに新入りクンが行くから』って連絡してきたからさぁ、絶対そうだって思うじゃん?」
みく姉。聞き馴染みのある名前に俺は、緊張をほどいた。みく姉の知り合いだとすれば、ここでなにも言わないのは失礼か? みく姉の顔に泥を塗るようなことは避けたい。
「あ、俺、高梨です。お姉さんは……えと、みく姉の知り合い? すか?」
俺の質問にギャルの顔がパッと明るくなる。かと思えば、ギャルは俺に飛びついた。
「えーっ! やっぱそうじゃぁん! あっは! ようこそ! 新人クン!」
胸が! 胸が当たる! っつか! ギャルってこんなスキンシップすごいの!? え、なに、ごほうび? 俺今日死ぬ?
彼女の背に手をまわすか迷って天井を仰ぐと、パコンと軽い音がした。
「こら、すぐそうやって男をたぶらかさない」
店長らしき男がメニューでギャルの頭をはたいたらしい。ギャルは「くぅ~」と痛そうな声をあげて、俺から離れる。
「ごめんね、この子、超ビッチで」
「恋多き乙女って言ってよぉ! てかそれ言うならてんちょだってオカマじゃぁん!」
「うるさい。あんたと違って俺は誰にも迷惑かけてないわよ」
「は、はあ……」
まじかよ。俺はビッチなギャルとオカマな店長という組み合わせが存在することに驚きつつ、ふたりを見比べる。俺の困惑っぷりに気づいた店長が人好きする笑みを浮かべた。
「これ、メニューだからどうぞ。この子、みくちゃんからお金渡されて支払いに来てるだけだから。ほっといていいわよ」
「えぇ~、てんちょ、ひどぉい! てか、この子じゃないし!」
不満たらたらなギャルを横目に、俺は店長からメニューを受け取る。すると、ギャルが
「あ!」
と何度目か声をあげた。
「てか、自己紹介してないじゃん! うち、二〇二号室に住んでる宮森あかね! 気軽にみゃーこって呼んで!」
ギャルことみゃーこさんは流れるように俺の手をがっしりと握る。俺はそのなめらかな手をそっと握り返して彼女に応えた。これくらいのスキンシップなら許されるよな? 内心ドキドキしながら鼻の下が伸びてしまわないよう表情筋に力を入れる。
名残惜しさをごまかすように手を離し、俺は店長からもらったメニューをひとしきり眺めた。みゃーこさんは店長が言ったとおり、支払いをすませるためだけに俺を待っていたらしく、俺の好みには口を出さなかった。「なんでも好きなの頼みなよぉ!」と自分の金でもないのに得意げではあったが。
三枚くらい頼んじゃえ、と言うみゃーこさんのアドバイスをもとにピザを頼む。
「これ、なんのピザなんすか?」
俺が訊けば、みゃーこさんはぱっちりとした猫目をキラリと輝かせ、口元に指を当てた。
「んっふっふ~、ヒ・ミ・ツ!」
「ヒミツ……」
腑に落ちていない俺など意にも介さず、みゃーこさんはにっと笑って、みく姉からもらったのであろう金を店長に支払う。
ここでもヒミツか。
ピザを受け取っている俺を置いて、みゃーこさんが先に店を出る。彼女の肩口に揺れるショートボブの毛先を追いかけるように、俺はアパートへと足を向けた。




