4-3.俺だけのヒミツ
春の陽気に包まれる中庭。アパートのメンバーは庭に集まり、ブルーシートを広げて花見に勤しんでいた。まだ桜には早いが、庭にはみく姉が植えたチューリップやパンジーがこれでもかと咲いている。俺がきたときには冬の装いだったのに、いつの間にやら季節がめぐっていたらしい。
片手には先日のストーカー事件終幕を祝い、店長がおごりだと届けてくれたピザ。俺のもう片方の手にはなぜかマイクが握られている。マイクといっても、子ども用のおもちゃだが。俺にマイクを握らせた鈴が「早くしなさいよ」と俺に野次を飛ばす。みく姉たちはなにか余興でも始まるのかと興味深そうに俺を見た。
ピザを食べ終えた俺は、その雰囲気に促されるまま立ちあがる。引くに引けず、俺は「あ、あー……」とマイクテストのフリをした。今までの俺なら、ここでおちゃらけて、盛大にギャグをして滑り倒し、へらへらと笑って道化を演じていたに違いない。許されるならむしろ、今でもそうしたい。
だが、俺を見る鈴の目が本気だったから。
……いや、俺がもうこれ以上、過去から目を背けたくなかったから。
俺は深呼吸してみんなを見回す。みく姉は優しい笑みを浮かべ、みゃーこはワクワクをこらえきれないと言わんばかりに目を輝かせている。硝子さんは静かに、鈴は真剣に俺のことを見守ってくれている。
「あーっと、その……」
いざ言おうとすると、言葉につまる。胸につっかえてしまって、思いが素直に出てこない。
本当に打ち明けてしまってもいいのだろうか。みんなは受け入れてくれるだろうか。
俺は、一度『家族』を失ったのに。
握っていたマイクを持ち直し、なんとか自分を奮い立たせる。みんなの目を見ることはできなくて、ごまかすように咳払いした。
「……えっと。今日は、言いたい、ことが、あって」
喉元に魚の骨でも引っかかっているみたいな違和感を覚えつつ、なんとか必死に言葉を紡ぐ。四人分の視線を感じて逃げ出したくなるが、それでは今までの俺となにも変わらないのだ。ここで踏ん張らなければ男じゃないだろ。
俺だって、変わりたい。みんなと、家族になりたい。
自分に言い聞かせて、何度目か、たっぷりと息を吸った。春風が俺の前髪をさらい、視界を強制的に開かせる。いやでもみんなの顔が目に飛びこんでくる。その顔はみな、やさしく、穏やかで、あたたかい。
そのせいか、俺は「化けもの」と俺をののしった父の顔がぼやけて思い出せないことに気づいた。
ふいに『家族』というものがなにか、ストンと腹に落ちる。それは、単に血だけで表す関係性ではないのだと。俺たちはこのアパートで過ごし、ヒミツを抱え、みんなで共有して、助け合う仲間だ。それを『家族』と呼んでもいいんだ。俺も、その一員になりたい。取り繕ったり、ごまかしたり、人さまの声色ばかりを窺って生きるような、そんな俺ではなく、等身大の俺で。
マイクを持つ手に力がこもる。
みんなを見つめ、俺はゆっくりと口を開いた。
「……実は、俺にも、ヒミツがあるんだ」
それは、やっぱりおかしなことかもしれない。他人とは違うし、普通じゃない。理解されることでもないかもしれない。
だが、それでもみんなに聞いてもらいたかった。
「本当のことを、伝えたい。本当の俺を、知ってほしい」
俺が前を向けば、みく姉も、みゃーこも、硝子さんも、そして鈴も、みんな自然な笑みを浮かべてうなずいた。
こんなもの、いらない。そう思っていたヒミツで、みんなと繋がるなんて思ってもみなかった。このヒミツを誰かに打ち明けることすら考えられなかった。
だけど、もしかしたら……、俺の力がいつか誰かの助けになることだってあるのかもしれない。みんなを、助けられる力になるのかもしれない。
俺の口元は自然と弧を描いていた。
ヒミツを打ち明けた俺に、みく姉とみゃーこが抱きついた。
「まこちゃん! 今まで、辛かったなぁ。気づいてあげられへんくて、ごめんな」
「まごぢゃぁぁぁあん……! うちが! うちが絶対幸せにするから!」
婿にでももらわれそうなセリフとともに、みゃーこがズビズビと鼻を鳴らす。おい、俺の肩で鼻水を拭くな。
「ありがとう」
俺が礼を述べると、硝子さんは「これからもよろしく」と手を差し出す。握り返すと、硝子さんはきゅっと目を細めた。
たきつけた張本人である鈴はと言えば、なぜかドヤ顔を俺に向けている。上出来だと思ってくれているのかもしれない。鈴にも「ありがとな」と笑いかければ、鈴はツンと横を向いてしまった。
「これからも、みんなに迷惑かけたり……、その、みんなの心を覗く、みたいなもんだから……、喧嘩したりするかもしれないけど。これからもよろしく」
俺が腰を折ると、四人はすぐさま拍手を返してくれる。俺がこのアパートに来たときと同じだ。パチパチとはじけるような喝采の音に、ああ、そうか、と俺はひとり気づく。
みんなは最初から、俺を家族として受け入れてくれていたのか。
俺は、ここにいていいんだ。
ツンと鼻の奥が痛む。照れくさくなって、俺はマイクを手にへらりと笑う。
「さ、終わり終わり! ピザ、食おうぜ!」
泣きそうになったことは俺だけのヒミツだ。
笑いあう俺たちの頭上にあたたかな陽射しが降り注ぐ。まるで、俺たちの新たな門出を祝福しているかのように。




