4-1.それが、アタシのヒミツ
警察の事情聴取を終え、俺たちに平穏が訪れたのは事件から三日後のことだった。
事件は、鈴の意向を汲んで表沙汰にはされず、俺たちだけのヒミツとなった。
これでまた、俺たちアパートの住人にひとつヒミツが増えたわけだが……、そのことでむしろ、俺たちの絆は深まったように思う。
事件については、いくつかあとになってわかったことがある。
あの男は、十年前に俺がプールサイドで見つけた盗撮犯であったこと。男はしをのまつりのファンであり、刑務所から出たあと、しをのまつりのストーカーになったこと。やがて、鈴の存在を知り、鈴と母を重ねた男は、よりゆがんだ愛情を自身の中で育んでしまった。それがこの事件を引き起こしたこと。
驚いたのは、みゃーこの部屋の窓ガラスを割ったボールを投げたのも、この男だったということだ。ボールの中に小型の盗聴器とカメラが仕込まれていたらしく、鈴の部屋を狙ってアパートのそばの高台から投げこまれたらしい。残念ながら、その目的は果たされず、鈴の部屋の上……つまり、みゃーこの部屋のガラスを割ることになったのだが。そして、なんの因果か、そのボールを俺が片付けた。そのことで、男は俺の存在を知り、鈴と俺と男が結びついてしまった。以来、男はストーカー行為をエスカレートさせた。
そんなことのあらましを聞かされた俺たちは、やはりそれらも五人だけのヒミツにしようと約束し、それ以上、この事件に触れることはやめた。
鈴は、しばらくの間、休暇をもらうことにしたようだ。アイドル活動を辞めるつもりはないらしく、休暇中も走りこみやダンス練習、ボーカルレッスンには通っている。
「……だからって、急に俺を呼び出すなよ」
「どうせ暇でしょ?」
俺が顔をしかめると、鈴はフンと相変わらずかわいげのない態度で歩き出した。
『ダンスレッスンが終わったら、迎えにきて』
鈴からそんな連絡が入ったのは、ちょうど昼飯を食べ終わったときだった。
せっかくの春休み、クラスメイトとカラオケかボウリングにでも行こうと話していた俺だったが、鈴からの誘いを断れるはずもない。俺はあえなく鈴のお気に入りのカフェに行先を変更し、こうして都心までやってきた、というわけだ。
「俺だって予定のひとつやふたつくらいあるんですけど」
文句を言えば、鈴が驚いたようにこちらを振り返る。
「女?」
「はぁ? んなわけあるか。男だ、男。つか、悲しくなるから聞くな」
俺があしらえば、鈴はフンと嫌味たらしい笑みを浮かべる。おい、バカにするな。
「鈴こそ、迎えにこいとか急にどうしたんだよ」
「別に。た、ただ、あんたが暇してそうだったから、誘ってあげただけだし?」
「だから、暇じゃなかったって」
「そ、それは……わ、悪かったわね」
「……謝るなよ、調子狂うから」
「はぁ!? なんなの、こっちがせっかく謝ったのに、うっざ!」
「うざいのはそっちですぅ~!」
「もう! うるさい!」
鈴はズカズカと大股で駅へと向かっていく。だが、鈴は駅を通り過ぎた。
「あれ、帰るんじゃねぇの?」
「……うるさい」
なんだそれ。理不尽すぎないか?
だが、鈴の声色にはどこか羞恥にも似た色が視えて、俺は、ははぁん、と頬をゆるめる。ツンデレめ。
鈴はしばらく歩くと、おしゃれなカフェの前で足を止めた。どうやらここが目的地だったらしい。看板にはかわいらしいクマのチョコレートや、綺麗なパフェ、見たこともないようなケーキなどが描かれている。
俺がそれをまじまじと見つめていると、「なにしてんのよ」と扉を押し開けた鈴が俺に白けた目線を送る。それから、「ほら」と中へ入るよう促した。
案内されるがまま、俺は鈴と店員に続く。大理石の床に天井からさがったシャンデリアの光が反射する。席は細かな植物の柄が刻みこまれたすりガラスで仕切られており、客は見えなかった。予想するに、華やかな女子たちが大半だろうが。
俺と鈴も半個室に通され、席につく。鈴は早々にメニューを決め、俺もまた、店員おすすめだというケーキを頼んだ。
注文の品が運ばれてきて、俺と鈴はそれを頬張る。フルーツがたっぷりとのったパフェを口にした鈴は、珍しく年相応なかわいらしい反応を見せた。俺も、艶のあるチョコレートをまとったクラシックなケーキを堪能する。その濃厚な甘みに、すっかりほだされた。なぜ俺はこんなところに来てしまったのだろう、なんて先ほどまでの疑問も消えてしまう。
しばらくスイーツを楽しんだところで、鈴がスプーンを置いた。カチャン、と食器がぶつかる音に俺が顔をあげると、鈴が緊張した面持ちで俺を見つめている。
なにか話したいことがあるのだろうと簡単に推測できた。
「どうしたんだよ」
鈴はどう切り出すべきか迷っているようだ。開いた口を閉じ、視線をわずかにさまよわせる。
話しづらいことだろうか。ならば、と俺は先に尋ねたかったことを口にする。
「俺さ、ずっと気になってたことがあるんだけど」
「……なに?」
「あの日……、鈴が、ストーカーに襲われた日、なんで、鈴は公園で歌ったんだ?」
みく姉は予知夢の中で鈴が歌っていたと言っていたし、それを聞いた鈴が予知夢に従わなければ、と思ったのかもしれない。だが、予知夢は予知夢だ。鈴はみく姉から内容を聞いていなかったとしても、あの場で歌ったのだろう。未来はそう約束されていた。
俺の質問に、鈴はテーブルの上で両手を握りしめた。
やがて、覚悟を決めたように、俺のほうへと視線を投げる。
「……あいつが……、ストーカー犯が来なくて、待ってる間に、怖くなった」
途切れとぎれに鈴が話し始める。あのときのことを思い出したのか、鈴は手の震えを押さえつけるようにぎゅっと力を入れた。
「逃げたくて、耐えられなくて……、それで、歌ったの」
気を紛らわせたかったのか、と俺がひとり納得しそうになったところで、鈴が言った。
「あいつがどこから来るのか、知りたかった」
鈴の言葉の意味がわからず、首をひねる。鈴はささやくような声で続けた。
「それが、アタシのヒミツ」
ピンクメッシュの入ったツインテールが肩口でかすかに揺れていた。




