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ザ・シークレット・アパートメント ~俺と四人の美女のヒミツの関係~  作者: 安井優
3. 追想の決着

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3-7.アイドルとして

 地下に作られたライブ会場は、俺が想像していたよりも広く、清潔感があった。さまざまなポスターが貼られた黒い壁や打ちっぱなしの天井はライブハウス然としているが、逆に言えば、それ以外はむしろクリーンな雰囲気がある。


 鈴たちの曲がBGMとしてかかっており、すでに開演を待つファンで賑わっていた。女性ファンの姿もある。年齢も、俺くらいの世代から四、五十歳くらいまでと幅広いように見えた。『FAKES』はすでに、偶像や偽ものなんかではなく、真のアイドルとして認められつつあるようだ。


「すごいな」


 俺が感心していると、ライブ常連のみく姉たちは「そうやろ?」「かっこいいよね」と賛同する。みゃーこと店長にいたっては、知り合いがいるらしく、ファンの人たちと和気あいあいと盛りあがっていた。


 やがて、開演前のアナウンスが終わり、BGMが切り替わる。


 フッと照明が落ち、ざわめきは興奮と期待の静寂となった。


 いよいよだ。BGMに合わせて、体内に血液がまわっているのを感じる。やばい。俺まで緊張してきた。じわじわとフロアから湧きあがってくるような熱量を握りしめるように俺は入り口で買ったペンライトを強く胸元で抱きしめる。


 その瞬間は、ふいに訪れた。


 鋭い閃光とともに、今までの比にならないほどの大きな音と歓声が沸き起こる。


 飛びきり明るい歌声が響き渡ったかと思うと、ステージにFAKESのメンバー五人が見えた。


「うぉぉぉぉおおおお!」「キャーッ!」「待ってましたーっ!」地響きのようなファンの声。それらはすべて違う声なのに、熱狂一色に包まれていた。


 俺たちもそれに乗っかって、「鈴ーっ!」「鈴ちゃーん!」「りんりーん!」と声援を送る。鈴のメンバーカラーであるピンクのペンライトを振り、うちわを掲げ、鳴り響くビートに体をゆだねる。思わず体を動かしたくなるような曲だ。俺は見よう見まねでファンたちの動きをコピーしつつ、鈴を応援し続ける。


 やがて、センターが入れ替わり、鈴がステージ中央にやってきた。堂々とした立ち振る舞いで歌い踊る。透き通るような歌声には、やはり切実な祈りと、胸を切り裂くような強い覚悟がこもっていた。一番になりたい。認められたい。アイドルとして、母の成し遂げられなかったことを、母を超えた夢を、つかみ取りたい。一音一音に、その魂が乗り移っているように聞こえた。


「……やば」


 俺は声を漏らす。迫力が違う。生半可な気持ちなんかじゃない。鈴はステージの上でも必死に戦い続けているのだ。美しい歌声、スムーズな立ち位置の切り替え、しなやかに伸ばされた指先、視線まで……。その一挙手一投足を完璧にコントロールして、見るものを惹きつける。


 普段はクールな鈴が、俺たちに気づいたのか、妖しげな笑みをこちらに投げかける。それはまさしく、鈴をアイドルたらしめる魔性の笑みだった。


 会場をあたためるためのノリノリなダンスナンバーが終わり、会場が拍手で包まれる。いかにもアイドルらしいポップソングが続き、三曲目はしっとりとしたバラード。鈴の美声が特に際立つ三曲目には、俺たち同様、鈴を推しているらしいファンたちからむせび泣くような声も聞こえた。


 四曲目はかわいらしい乙女心を歌う電波ソングだった。ウィンクにハートを作るポーズ、飛び跳ねるようなステップ。普段の鈴からは想像もつかないキュートなダンスと歌に、俺が「ぐぅっ」と胸を押さえていると、急に「きゃっ!?」とステージから悲鳴があがった。


 舞台上で、メンバーのひとりが転んだのだ。


 鈴はそれを咄嗟に避けると、足をひねったらしいメンバーを隠すように、すっと立ち位置をカバーした。普段と違うフォーメーションにも関わらず、鈴はそれを当たり前の顔で、なにごともなかったかのようにパフォーマンスを続ける。やがて、メンバーが立ちあがると、またも当然と言った様子でフォーメーションをチェンジする。


 背後のメンバーなど、本来であれば見えていないはずなのに。


「まじか……!」


 これがプロ。俺が目を丸くすると、隣にいたみゃーこが「すごいっしょ?」と俺にニヤリと笑みを向ける。


「りんりん、こういうカバーめっちゃうまいの。空間の使いかた? って言うのかなぁ。超臨機応変なんだよ」


 俺にそう耳打ちしたみゃーこは、すぐさま鈴の応援に戻った。「りんりーん!」と叫ぶ声が隣から聞こえる。俺はといえば、鈴の底知れぬ努力に感動し、このときばかりは声援を送ることを忘れてしまった。


 そのあとも、たしかに鈴はステージを最も効果的に使ってファンを魅了し続けた。このグループは、決してまとまりのあるグループではない。鈴が、みんながライバルだと言っていたように、隙あらば他人より目立とうとするメンバーもいた。ダンスのフォーメーションが崩れることもままあったが、鈴はそれを華麗に調整し、バランスをとった。誰かとかぶってしまいそうなら一歩さがったり、左右にずれたりする。決して出過ぎることもない。会場にいるすべてのファンに気を配るように視線や体をあちらこちらへ動かしていた。


 アンコールが終わり、すべての曲が終了するころには、俺はすっかり『アイドル・塩野鈴』のとりこになっていた。


「……すごかった」


 ライブ会場を出て俺が呟くと、みんなが一斉に振り返って笑う。


「でしょ!? ほんと、りんりんって最高なの! よく塩対応とか、冷たいとかって炎上したりするんだけど、ライブパフォーマンスを見れば、りんりんが一番ファンとグループのこと思ってるってわかるっしょ!?」


 みゃーこががっちりと俺の両手を掴んでまくしたてる。


「あんまり見れない笑顔が見れるのもいいよね」


「わかるわぁ、あのギャップがええんよね。歌もダンスもめっちゃうまいし」


 硝子さんやみく姉もうっとりと目を細めていた。ライブ前はどうなることかと思ったが、どうやらみんな、ライブをしっかり堪能できたらしい。


 鈴のパフォーマンスを見て、俺自身も覚悟が決まった。


 これから起こる不幸を、起こりえる最悪の未来を、なんとしてでも阻止せねばならない。


「……なんとか、成功させたいね」


 硝子さんの呟きに、みんなの雰囲気が変わった。みゃーこも俺から手を離して首肯する。みく姉も、穏やかな笑みをキリリと決意のこもった表情に変えた。店長も「そうね」と公園がある方向を見つめる。


「絶対に、捕まえよう」


 街に夕暮れが近づいていた。

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