3-6.運命の日
ついに運命の日が訪れた。
春めいた陽気に雲ひとつない晴天は、むしろ嵐の前の静けさを思わせた。
これから起こるであろうことに緊張を隠しきれず、はやる鼓動を無理やりに抑えて、俺はみく姉たちと一緒にライブ会場の最寄り駅に降り立つ。
鈴はリハーサルのため、俺たちよりも早く家を出て行った。ひとりで大丈夫なのかと訊く俺に、鈴は「みく姉の予知夢を信じる」とだけ返して行ってしまったのだ。たしかに、予知夢を信じるならば、夕方まではなにも起こらないとも言える。俺たちはライブには行くことを約束して、鈴を見送った。
「はぁ……。鈴ちゃん、大丈夫かなぁ」
俺と同じく心配していたのか、みく姉が不安そうにあたりを見回す。
「ほんまに、夢で視た景色によう似てるわ……」
「予知夢だからな」
「ね、先に公園行っとかない? 下見って大事じゃん?」
「そうだね、私も賛成」
みゃーこの案にのっかり、俺たちは早速例の公園を目指す。商店街はみく姉の言うとおりそこそこの賑わいがあり、たくさんの店が並んでいた。道中、みゃーこと店長が暗い雰囲気にならないように、と意識的に盛りあげてくれる。俺やみく姉、硝子さんも、地図でチェックしていた抜け道やなにかあったときの目印などを確認していく。
俺たちの足は、自然と公園で止まった。
その中央に立つ梅の木に、目が吸いこまれる。
「ここか……」
たしかに、遊具もなにもない広場だ。芝生が敷かれているものの、ベンチがいくつかあるだけで、最初から公園だと知らなければただの空き地にすら見える。そんな中で、見事に花を咲き誇らせている梅の木は、鈴がここで足を止め、眺めてしまうのが納得できる美しさに思えた。
俺たちは公園の正面の道と脇道をそれぞれ確認する。丁字路になっている都合上、逃げられないようにするには三方向すべてを俺たちでふさいでおかねばならない。
特に、みく姉が予知夢を視たのは鈴が走り去るところまで。そのあとのことはわからないから、犯人がどの方向へ逃げたかは予想もつかない。鈴を追いかけたのか、それとも逃げることを優先したのか。俺たちの作戦は、ここから考えなければならなかった。
相手の顔を覚えるために、硝子さんは公園内で待機。俺とみく姉で正面の通りの左右を、みゃーこと店長がふたりで脇道をふさぐ。鈴には、駅の方向へ逃げるように指示している。相手が追いかけることを想定して、俺が駅方向の道に、と事前に決めていた段取りを確認する。
この日のために買った無線のイヤフォンとマイクもチェックする。配置についたらスマホのグループ通話を繋ぎっぱなしにする。リアルタイムで情報をやり取りできるように、と店長が提案してくれた。
「あ、あー、みんな聞こえるか?」
俺の問いかけに、イヤフォンから「オッケー」「ばっちりやよ」「完璧!」とそれぞれ応答がある。
「それじゃ、あとは相手の行動によって動きが変わるから、一個ずつ確認していこう」
まずは、硝子さんが顔を覚える。その後、みゃーこたちのほうへとストーカーが逃げたパターン。みゃーこがストーカーを挑発することで囮となる。細い路地へ逃げ、その先に待機していた店長が捕獲する。
俺のほうへ逃げたときは単純に俺が捕まえる。
最も厄介なのは、みく姉のところに逃げたパターンだ。まずは俺が追う。続いて、顔を覚えている硝子さんがあとに続く。みゃーこと店長は回り道をして、相手を待ち伏せする。
「頼むから俺のところに来てくれよ……」
俺が祈ると、その声が聞こえたのか「不吉なこと言わないで! てんちょがなんとかするから!」とみゃーこからの叱咤が飛んできた。
「悪い、でも一番いいパターンかなって」
「どれも最悪のパターンだよ」と硝子さんの呆れたような声が返ってきて、店長からも「そうだそうだ」と野次を飛ばされる。
「みんなが無事でいることが、一番の目的やろ」
みく姉の諭すような口ぶりに、いよいよ俺は大人しく従うしかなくなった。
たしかに、みく姉の言うとおりだ。
「みんな、無理するなよ」
俺がもう一度気合を入れるように言えば、今度はみんなからの肯定的な相槌が聞こえた。
「ってか、そろそろライブ始まるんじゃない?」
「あ、ほんとだ、やべ! 行こう」
「うん、ライブ、楽しみ」
「りんりん、ライブめっちゃ素敵だからね! まこちゃん、惚れるなよ!」
「ほ、惚れねぇよ!」
俺たちは通話を切って、合流する。ライブ会場までは歩いて十分ほどだ。商店街を抜けると、目の前には同じようにライブを楽しみする客らしき人の姿がちらほらと見えた。カバンにグッズをぶらさげていたり、首からタオルをさげていたりとさまざまだが、みんな楽しそうな顔をしている。ストーカーもいるのでは、と思ったが全身黒ずくめの人間は見当たらなかった。
俺たちはそのことに胸をなでおろし、ファンの中に混じって、ライブ会場の看板を目指す。
「超楽しみ! うち、まじでりんりんのライブ大好きなんだぁ」
「私も。鈴ちゃん、かっこいいよね」
「まずは、鈴ちゃんのこと全力で応援せんとな!」
すでにライブ参戦経験がある三人はすちゃっとカバンから鈴のメンバーカラーだというピンクのペンライトを取り出す。さらに、うちわやらバンドやらを装着していく。店長も行ったことがあるらしく、ちゃっかり缶バッジを胸につけている。
「そんなに鈴のライブってすごいのか?」
俺が尋ねると、みんなは声をそろえた。
「「もちろん!」」
それはがぜん楽しみだ。
俺はライブ会場の看板を見つけて歩調を早める。先ほどとは違う胸の高鳴りに、自然と表情もやわらいだ。
よし、まずは、鈴のライブを楽しもう。
俺たちはしばしストーカーのことを忘れようと誓い、ライブ会場へと足を踏み入れた。




