3-3.今度こそ、俺は
作戦はシンプルだ。
まずは、ストーカーをあぶりだす。昨晩、鈴と俺がふたりで歩いていたことで、ストーカーは俺に対して『鈴に近づくな』と警告をした。つまり、ストーカーは俺のことを特に嫌っている。だが、俺の見立てでは、このストーカーはかなり警戒心が強い。鈴の自宅に脅迫文を投函したり、鈴のスマホに電話をかけたりするくせに、姿は一切見せたことがない。しかも、鈴に送迎がついていた二週間あまりの間は、潜伏までしていたのだ。あえて鈴を油断させるために。おそらく頭も切れるのだろう。先日、鈴に電話をかけ、俺たちが逃げたことで、ストーカーはまた警戒モードに入っている可能性も高い。
「だから、まずはみく姉の予知夢で、相手が現れる日を特定する」
俺がみく姉に視線を投げると、彼女は苦笑した。
「予知夢のコントロールは、基本、できへんのやけどなぁ」
「そこなんだよな。俺の作戦の問題そのいち。みく姉が予知夢を視るより先に、ストーカーに動かれたら厄介だ」
「まあ、頑張ってはみるけど……、ひとまず、続き聞いてからにしよか」
俺は残る作戦と課題を告げる。
ストーカーが現れたら、みゃーこと硝子さん、みく姉、店長の四人で東西南北から不審者を特定する。見つけた人は硝子さんに連絡。硝子さんのカメラアイで相手の姿を記録する。硝子さんの記憶力と画力をもってすれば、逃げられても今後の役に立つ。
「なるほど。たしかに、それはいいかも」
ここでの課題は時間帯だ。いくら硝子さんの記憶力がずば抜けていても、そもそも夜道の暗がりで顔がよく見えなければ意味がない。相手を明るいところまで引きずりださねばならない。
俺の補足に硝子さんが納得すると、隣でみゃーこが「はいはーい」と手を挙げた。
「うちは? なにすればいい?」
みゃーこの明るい笑顔が俺の胸を苦しめる。みゃーこには、多分、一番辛い役回りをさせる。
「……みゃーこは、今回、囮だ」
「へ?」
「というか、十中八九、九十九パーセント、囮になってしまうんじゃないかと俺は思っている」
闇夜から引きずりだせたとして、俺たちの存在に相手が気づいた場合、まっさきに狙われるのはみゃーこだ。
「なんで? やっぱ、うちがかわいいから?」
「不幸体質だから」
俺が即答すると、みゃーこが「あっ」と思い出したように口元を押さえ、すぐさま不満げに唇を尖らせた。
「嘘でもかわいいって言ってよぉ」
「そんなこと言ってる場合かよ……。まじで危ない可能性あんだぞ?」
とにかくみゃーこが人質にでもとられたらどうしようもない。これが課題の三つ目。
俺が渋っていると、店長が胸を張った。
「ま、でもそのときの俺、だよね?」
店長はにっこりと笑い、俺たちを見回す。
「あなたたちがすごいのはわかったわ。でも、俺だって、ただの人間じゃないのよ。オカマを舐めないでちょうだい」
男らしい体格をアピールするように腕を振りあげ、ぐっと力こぶを作って見せる。笑えないほど立派なその筋肉に、俺たちはみなあんぐりと口を開けた。
「……やだ、そんなに見ないで恥ずかしい」
店長がポッと頬を染める。それを合図に俺たちは食事を再開して、今見たものを忘れようと努めた。
食事を終え、俺は思っていた苦々しさをそのままはきだした。
「それにしても、課題が多すぎるんだよな」
「そうやねぇ。それこそ、逃げたのを追いかけるわけにもいかへんし……、あかねちゃんが危険すぎる」
「そこについては、みゃーこと店長がペアを作れば、ある程度解消できそうだと思ったけど」
「うん、それは絶対そうしたほうがいいと思う」
「オッケー! てか、それでいったらしょこたんだって大変じゃん。暗視スコープとか買う?」
「うーん、それもそうやんね。暗闇で顔が見えへんとなると……、他に特徴があるのは」
うなるみく姉に、みんなも黙りこむ。
やっぱり、この作戦じゃ無理があるか。というか、リスクが大きすぎる。仮に今みんなが言ってくれたように対策を打ったとしても、そもそも鈴とストーカーが接触する危険性は避けられない。
みんなもそれを察したように、すっかり肩を落とした。
「そもそも、無理なんじゃない?」
ポツリと鈴がこぼす。
「っていうか、アタシのためにそこまで……」
鈴はぐっと口を引き結ぶと、悲傷めいた切ない笑みを見せた。
「もう、いいよ」
諦めたような声。自分だけが我慢すればいい。そんな風に聞こえた。
みんなが一斉に顔をあげる。その表情には、迷いや戸惑い、悲しみが浮かんでいた。
……やっぱり、ダメだ。
俺はぎゅっと手を握りしめる。
「このままで、いいわけない」
無意識のうちに、口から思いが滲んでいた。
俺も、鈴と同じだった。人に同情されたくない。憐れに思われたくない。そう強がる気持ちはよくわかる。空気を読んで、みんなのために道化を演じて、自分だけが悲しみを飲みこんで。
でも、それでいいわけないんだ。
「絶対になんとかする」
「でも、全然ダメじゃん」
「そこをなんとかするって言ってんだよ」
「はぁ? なに意地張ってんの? だいたい、顔も知らない相手のことなんか、わかるわけないじゃん!」
洪水のような鈴の金切り声がみく姉の部屋いっぱいに響く。
シン、と静まりかえったそのとき――俺は、思いついた。
顔もわからない相手を特定する、別の方法を。
「……声だ」
「声?」
鈴にかかってきた電話。スピーカー越しでも、男の声は特徴的だった。今まで見たことのない色。愛と憎しみと、欲望が入り混じった、混沌とした色。
「でも、声なんて」
言いかけて、みく姉がハッと俺を見る。
――俺とみく姉には、血のつながりがある。
俺が気づいた事実に、どうやらみく姉も気づいたらしい。俺が無言でうなずくと、みく姉は顔をしかめた。
俺はまた、化けものと呼ばれるかもしれない。
でも。
「……やってみる価値はある」
今度は家族を助ける。一度壊してしまったものは元には戻せないけれど。俺はやり直すチャンスを与えてもらったんだ。
今度こそ、俺は、俺の力を家族のために使おう。




