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ザ・シークレット・アパートメント ~俺と四人の美女のヒミツの関係~  作者: 安井優
2. 俺たちのヒミツ

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2-31.行く当てのない旅路

 結局、俺と鈴は終点まで電車に乗り続けていた。降りていく他の客にならって、ひとまず俺たちふたりも下車する。


「これから、どうする?」


 行く当てのない旅路に悩んでいると、沈黙を貫いていた鈴は


「ついてきて」


 と俺を促した。どうやら、目的地を決めたらしい。アイドルとして活動している鈴は、都内にもいくつか馴染みの場所があるのかもしれない。それこそ事務所とか? うん、ありえる。マネージャーに相談できれば心強いし。俺はひとり納得して、鈴の背中に続く。


 だが、俺の予想は大きくはずれた。


 俺は目の前の高層マンションを見あげる。タワマンってやつだ。それも、都会の。


 ポカンとしている俺を置いて、鈴はすたすたとマンションへ入っていく。戸惑いなくエントランスのロックを解除して「ドア、閉まっちゃうから早くして」と俺を急かした。


 エントランスを抜けると、ホテルのフロントのように洗練された空間が広がっている。全面ガラスの向こうには手入れの行き届いた中庭があり、ロビーの奥にはいくつものエレベーターが並ぶホールがあった。


 鈴に先導されるがままエレベーターに乗りこんで、俺はようやく緊張をほどいた。


「まじかよ……」


 鈴は俺の間抜けでありきたりな感想には一切触れず、どんどんとカウントアップされていく階数表示を見つめている。その横顔が、エレベーターの上昇に合わせるように硬くなっていくのがわかった。


「……なあ、鈴や」


 呼びかけと同時に、エレベーターがチン、と音を立てる。目的の階に到着したらしい。


 鈴は表情を強張らせたまま廊下を進み、やがて、一室の前で足を止めた。スマホを操作して、ドアにかざす。鍵の開く音が聞こえた。


「入って」


 扉を開けた鈴が、最低限の指示で俺を中へと招き入れる。なにかやばいことでもしている気分だ。いや、まあ、夜遅くに地下アイドルの女子高生とタワマンの一室に……なんて、充分やばいような気もするが。


 広い玄関は綺麗に片付いていた。鈴が脱ぎ捨てた靴が場違いな雰囲気を醸し出すほど整頓されている。白い壁と天井、大理石のフロアには埃ひとつない。これが金持ちの家か……。俺が圧倒されていると、先にリビングへと入っていた鈴が顔を出した。


「なに?」


「あ、いや」


 タワマンを満喫している。そう言えば、キモイ、と返される。俺は先ほど鈴から差し出されたスリッパに足を突っこんで、リビングへと向かう。


「お邪魔しまぁす」


 遠慮がちに声をかけるも返事はない。代わりに、まるでモデルルームのような開放感のあるリビングやおしゃれなカウンターキッチンが俺を出迎えた。照明すらも高級感がある。鈴はキッチンに備え付けられた冷蔵庫を覗き、「なにもないか」と呟いた。水のペットボトルを取り出して、俺に投げる。


「とりあえず、座ったら?」


「あ、ああ、うん」


 俺はダイニングテーブルに腰かけて水に口をつける。しばらくすると、キッチンを漁り終えたらしい鈴が、ジュースやお菓子の缶らしきものを抱えて俺の前に座った。


「ここって」


「アタシの実家」


 俺が尋ね終わる前に、鈴が言う。実家とは思えないほど居心地が悪そうな顔をしながら、鈴はジュースを開け、勢いよくそれを飲んだ。


「実家って……え、ここが? マジ?」


 鈴は肯定する代わりにお菓子の缶を我がもの顔で開け、中から出てきた洋菓子を口に運ぶ。


「ま、今は誰も住んでないけど」


 たしかに、言われてみれば人の気配がまったくない。キッチンシンクには洗いものどころか水滴ひとつなく、他人の家独特の生活臭みたいなものすら感じられなかった。モデルルームのようだ、と思ったのはそのせいかもしれない。玄関が綺麗だったのも、鈴の靴以外のものがなかったからだ。普通、外から持ち帰ってきた砂利くらい落ちているだろう。仮に潔癖症の人が住んでいるのだとして、掃除をかかさずしたとしても、傘くらいは玄関に置く。靴ベラもなければ、靴すらないなんてありえない。


 なんで、と聞くのはためらわれて、俺はただ、ふぅん、と味気ない返答をする。鈴はそんな俺を少し意外そうに見て、


「あんたのことだから、なんでって、聞いてくるかと思った」


 と投げやりな口調で言い放つ。ペットボトルをどこかがさつな手つきでテーブルに置いて、鈴はガラス窓を見た。外には東京の夜景が広がっている。本来ならば美しく見えるはずなのに、煌々と輝く光はやけに鋭利だ。


「聞いてほしいのかよ」


 即刻否定されると思ったのに、鈴は椅子の上で膝を抱えて頭をうずめる。


「……わかんない」


 お母さんはどうしたの? そう聞かれたときの迷子と同じ声だった。こういうの、なんて言うんだっけ。


「心細い、か」


 頭で考えていたことが口に出た。鈴がピクリと耳を動かす。心細い。俺の言葉を反復して、鈴は大きく息を吸いこむ。心細い、ね。声が湿り気を帯びていく。


 やがて、鈴の肩が静かに震え、フローリングにパタパタと涙が滴り落ちた。


 それは初めて見る鈴の弱さであり、本心だった。

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