2-28.血のつながり
みく姉は、俗にいう『予知夢』を視ることができる、と俺に説明してくれた。
予知夢は必ず毎日視ることができる。ただし、視たいものを視ることができるわけじゃない。夢は、はっきりしているときもあれば、断片的だったり、曖昧だったりすることもある。夢の内容だって、自分に関わることから関係のないことまでさまざまで、なにが、いつ、どこで起こるのか、それがわかればラッキーなくらいだ。それこそデジャヴのように、体験して初めて、あのときの夢だと気づく……なんて経験を何度もしたとみく姉は言った。
「デイトレードを始めたんは、予知夢で視たのがきっかけなんよ。性に合ったんか、最近は分析に基づいて売り買いしてることがほとんどやけどなあ。大きい当たりが視えたときにできるだけ投資して稼ぐんやけど、そうじゃないときは細々とやっとるで」
みく姉は最後にそうつけ加えて、苦笑いを見せた。
「せっかく持ってる力やから、いいことに使いたいなって思ってるんやけどね」
ささやかな幸せをただ祈っているのだと、みく姉は本音を漏らす。
俺はそれを聞いて、みく姉の天気予報が昔からよく当たったことを思い出した。それ以外にも、いつだったか、俺がみゃーこと仲よくなったことを言い当てたりもしていたな、と記憶がよみがえる。それが予知夢によるものだったのか、と納得し、理解もできた。一方で、みく姉は制御不能なその能力を可能なかぎりフル活用して、俺やみんなを助けてきたのだ、とも思う。まぎれもないみく姉自身の努力が、そこにはある。
みゃーこも、硝子さんも、みく姉に助けられたと言っていた。そんなに何度も困っている人を……それも、見知らぬ人にタイミングよく手を差し伸べることなど普通できない。どれほどのお人好しでも、困っている人がいなければ助けられないのだから。
なにより、俺自身も救われている。母が失踪し、どうしようもなくなってしまった俺のもとに現れたのはみく姉だった。みく姉は、自分の母から事情を聞いたと言っていたけれど、もしかしたらそうではなかったのかもしれない。だって、そうじゃなきゃ、教えていない家の住所などわかりようもない。みく姉は、俺がああなることを夢で視たのではなかろうか。そして、俺のもとへ飛んできた。夢の中の情報を頼りに。
「……スーパーヒーローみたいだな」
俺が驚嘆すると、みく姉もまた、驚いたように俺を見返す。
「信じてくれるん?」
「いや、だって、嘘だって思えないっていうか……、いっそ、信じたほうがいろんなことのつじつまもあうし……」
なにより、俺も同じようなもんだ。もちろん、そうは言えず、俺は手元のお茶を一気に飲み干す。
みく姉のことは信じている。声色に嘘のかけらすら見当たらないし、そもそもこんなことで嘘をつくような人じゃない。
どちらかといえば、俺自身の中に湧きあがったもうひとつの考えに、俺は混乱していた。
コントロールができないとはいえ、未来が視えるなんてチート能力が存在するとは思ってもみなかったし、それをみく姉が持っているということも予想だにしていなかったのだ。
血のつながりのある俺とみく姉が、同じような力を持っているなんて。
俺はぐっと思いを腹に留める。気づいてはいけないなにかが、そこには潜んでいるような気がしてしょうがない。
俺とみく姉はいとこだ。俺の母さんとみく姉のお母さんが姉妹。当然、祖父母は同じ。みく姉のお母さんは、京都に残ってみく姉を生み、母は京都の実家を出て、東京で俺を生んだ。
いわば、俺とみく姉の違いはそれだけだ。はたから見ればまったく違う人生を歩んでいるけれど、根っこの部分は共通している。体に流れている血液はもちろん、体を作る細胞や遺伝子に繋がりがある。
そんな俺とみく姉が、通常の人にはない能力をふたりそろって手にしている。
それはすなわち――。
「……母さん、たちも、そうだったのか?」
無意識のうちに、言葉があふれ出た。心にとどめていたはずのそれが決壊し、無造作に俺の内側から全身へ駆け巡っているのがわかる。
視てはいけないものが、視えてしまった。
――自由に生きたいと願った母さんにも、そう考えてしまうだけの枷があったのではないか。
「みく姉は、知ってたの」
おそるおそる顔をあげる。
すると、そこには顔を強張らせたみく姉がいた。息を飲む。みく姉が視線を逸らしたときには遅く、俺は、なにをどう言えばいいのかわからないまま、整理できていない頭を必死に回転させてみく姉にすがった。
「嘘、だろ?」
もし、母さんにもなんらかの能力があって、それが原因で失踪したんだとしたら?
そして、みく姉がそのことを、知っていたのだとしたら。
「俺のこと、騙してたのかよ」
こんなことが言いたいんじゃないのに。
「今までのこと、全部、全部……、なんだったんだよ」
違う、違う、ちがう! 俺の言いたいことはこんなことじゃなくて! みく姉の予知夢に助けられたこととか、母さんにもなにかあったのか、とか、実は俺も、とか……。そういうことを、話したいのに。
頭の中がぐちゃぐちゃになって、気づけば俺の目から涙がこぼれた。
「っ! ごめん、俺……」
ちょっと出てくる。そう言ったつもりだったけれど、声がかすれてうまく出なかった。
玄関を飛び出すと、背中から「まこちゃん!」と俺を呼ぶみく姉の声がする。
だが、止まれなかった。
気づけば俺はひとり、全力で夜の中へと駆けだしていた。




