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ザ・シークレット・アパートメント ~俺と四人の美女のヒミツの関係~  作者: 安井優
2. 俺たちのヒミツ

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2-27.ヒミツに近い場所

 俺とみく姉の間に、気まずい沈黙が流れる。みく姉とはずいぶん昔から一緒にいるけれど、今までこんなことは一度たりともなかった。


「……あ、えと、ごめん」


 俺は咄嗟に作り笑いを浮かべた。みく姉との関係がこんなことで崩れるなんて想像すらしていなかったから、軽く流して終わりにしてしまいたかった。まだ湯気のあがるお茶を無理やりすすってごまかす。


「言いたくなかったら、全然」


 大丈夫と言いながらマグカップを置いた俺の手を、みく姉がそっと止める。


「大丈夫やから、謝らんといて」


「あ、うん」


「ごめんな、なんか」


 みく姉も俺同様に少し焦っているのか、いつもより早口だった。


「その、いきなりやったから、びっくりしてん。それだけやから」


 へらっと笑ったみく姉は、それから少しの間、視線を空にさまよわせた。やがて、


「その、なんか、恥ずかしいっていうか……。あんま、びっくりせんとってな?」


 と俺を窺う。だぼっとしたニットのワンピースにしわがより、みく姉のたわわな胸が強調される。俺の視線が嫌でも吸い込まれる。


 恥ずかしい仕事って、なに!?


 いけないとわかっていても、妄想してしまうのが男子高校生というもの。それは決して俺がスケベだからとかそういう理由ではない。断じて違う。健全な男子なら、むしろ、高校生でなくても、こんなかわいらしい女性から恥ずかしい仕事と聞いて、あれやらこれやらを考えてしまうに決まっている。むしろそのほうが健全な男子だろ。うん、そうだ。そうに違いない。


「……なんか、エッチなこと考えてるやろ」


 みく姉がむぅ、と頬を膨らませる。


「ちち、違う! 違います! いや、これは決してそういうのじゃ! っていうか、みく姉が恥ずかしいとかいうから」


 俺が必死に弁明すると、みく姉はクスクスと肩を震わせて笑った。


「ふふ、ごめんごめん。冗談やって」


 みく姉はひとしきり笑うと、はぁ、と大きく息をはいて、俺に向き直る。それから、仕切り直すように口を閉ざした。


 数瞬、わずかに緊張が走った。


 ゆっくりとみく姉の口が開かれる。


「実は、わたし、デイトレーダーなんよ」


 想像していた斜め上の単語に、俺は聞き間違いかと疑った。みく姉はそんな俺に曖昧な笑みを浮かべる。


「ほら、その反応」


「あ、いや、ちょっと意外っていうか……。デイトレーダーって、あの、株? とか、だよな?」


「そうそう。一日のうちで株を買ったり売ったりして、お金を稼いでるって感じやね」


「それって、結構すごいんじゃないのか?」


「うーん。まあ、そう、なんかな」


 みく姉が明らかに言葉を濁す。俺はその口調にも、声色にも違和感を覚えた。


 なにか、みく姉は隠しごとをしている。


 俺が声色に反応したからだろう。みく姉もまた、そんな俺にますます困ったと眉をさげた。


 二度目の沈黙。


 みく姉はお茶に口をつけ、それでもなお、沈黙をやりすごす術が浮かばなかったのか、耐えきれないと言わんばかりにうつむく。


 どうやら仕事の話は、みく姉にとって、本当にヒミツに近い場所にあるらしい。


「……ヒミツにしたなって、思ったやろ」


 俺の心を読んだみたいな、見事なツッコミだった。俺は俺で、みく姉のこういう鋭さに驚いてしまう。俺が声を視るように、みく姉には心が視えるのではないか。そんなバカなことが頭によぎるくらいには観察眼というか、みく姉は人の気持ちを察知する能力が高い。


 みく姉は深呼吸をすると、今度こそ腹を決めたと俺を見据える。貫くようにまっすぐな瞳に、俺のほうが戸惑ってしまう。


 俺は、やさしくて、ふわふわした印象のみく姉しか知らない。だからだろうか。意思の強そうなみく姉は、俺の知らない人みたいに見えた。


「昔から、まこちゃんにはかなわんなぁ」


「え?」


「すぐ、嘘がばれてまう」


 なんで。みく姉に覗きこまれて、今度は俺の息が止まった。ヒミツ。そこに踏みこまれて、ズクリと胸の奥が痛む。父が、俺を化けものだとののしったあのときのような不快感が地面からせりあがってくるような気がして、俺は床につけていたかかとを無意識に持ちあげた。


 だが、みく姉は、俺を問い詰めたかったわけではないらしい。視線をさげた彼女は、思案するようにマグカップの凪いだ湖面をじっと凝視する。お茶を、というよりも、その水面に映った自分自身を見つめているみたいだった。


「……これも、びっくりせんとってほしいんやけど」


 みく姉の前置きは、仕事の話をするときと同じだった。俺はつまりながらも「うん」と返す。多分、みく姉がデイトレーダーだった、なんて衝撃が霧散してしまうくらいにはすごいものが飛び出てくるのだろう、と直感的に思う。それを覚悟して、言葉を待った。


 みく姉がたっぷりと息をはく。


「わたしには、未来が視えるんよ」


「……み、らい?」


 繰り返すと、みく姉はかすかに笑ってうなずいた。俺のほうも見ずにただ小さく首を振ってうつむく姿は、罰を告白する罪人のようだ。


 ――彼女の瞳には、今、なにが映っているのだろう。


 俺の前に座るみく姉は、たしかに俺の知っているみく姉のはずなのに。


 俺の目にはやっぱり、知らない女性のように映った。

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