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ザ・シークレット・アパートメント ~俺と四人の美女のヒミツの関係~  作者: 安井優
2. 俺たちのヒミツ

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2-25.鈴だって、きっと

 二十時過ぎ。鈴はスーツ姿の女性とともに現れた。


「ありがとうございました。ここで大丈夫なんで」


 鈴が会釈すると、女性が「本当に気をつけてくださいね」と心配そうな口ぶりで念を押し、事務所のあった方向へ去っていく。女性の姿が人ごみに紛れると、鈴は俺と並んで改札をくぐった。


「マネージャー」


 最低限の単語だが、先ほどの女性のことだろうとわかった。


「優しそうな人じゃん」


 見た目はもちろんだが、帰り際に残したあのセリフは鈴を本心から気遣っていた。鈴も素直にうなずく。


「そうだね。明日からは、送迎つけてくれるって」


「よかったな」


 俺は安堵から笑みがこぼれたが、鈴は不平を顔に表す。


「なんだよ」


「優しすぎるから、みんな舐めてんの、あの人のこと」


 だから、マネージャーとしてグループを管理できていない。鈴の愚痴は、マネージャーを案じる思いと、メンバーをどうすることもできないもどかしさゆえに発せられていた。


 混雑する車内で、鈴をなんとか壁際に立たせる。俺が鈴をかばうように背にすると、鈴は荷物をおろし、肩から力を抜いた。文字どおり、肩肘を張っていたようだ。


「明日からは大丈夫だから」


「おう、わかった」


 とにかく、これでストーカーが懲りてくれればいいのだが。鈴もそう言いたげな目で、外を眺めている。流れていく外の景色は、都心から離れるにつれ、次第に暗闇が目立つようになった。


 最寄り駅から三駅ほど手前で、ようやく車内が空き始める。俺と鈴は並んで座った。


 緊張がゆるんだのか、レッスンの疲れからか、鈴は口元に手をあててあくびする。毎日こんなに遅くまでレッスンしているのに、学校の課題とかテスト勉強とか、こいつは真面目にやってるんだろうな。学校での彼女の様子はあまり詳しくないが、なにごとも完璧にこなして、一ミリの隙も見せず、他を寄せつけない、そんな鈴の姿は安易に想像できた。


「起こしてやるから、寝てろよ」


「あんたが優しいとか、きもいんだけど」


「俺はいつも優しいだろ」


 冗談を言い合えないほど疲弊していたのか、鈴はむっつりと黙りこんだ。俺の言うことに従うのは癪に障るが、眠たい。そんな顔だ。変にこれ以上刺激するともっと意地を張るのだろうということは目に見えている。俺も黙って視線を鈴から車窓へと移した。


 ひと駅の間隔が長くなる。トンネルに差し掛かり、ふいに、肩に重みを感じた。見れば、鈴のポニーテールが俺の肩口で揺れている。睡魔には勝てなかったようだ。


 こうして黙っていれば、本当に美少女なのに。


 無防備な彼女の髪から、甘いシャンプーの香りがしてドキリと心臓が音をたてる。普段絶対に甘えることのない猫になつかれた感じ。俺はうるさい鼓動をごまかすように、前面の窓ガラスに映った自分と鈴を客観視する。


 俺はその面影に、ふと、元アイドル・しをのまつりを思い出した。やはり、似ている。しをのまつりのほうが正統派アイドル然としていたが、鈴もツインテールをほどき、ピンクメッシュを黒髪に戻せば、そうなるかもしれない。


 鈴に、しをのまつりと関係があるのか聞きそびれたな、と思った。だが、もしも、本当に母娘だったら、と思うとへたに聞かなくてよかったかもしれない、とも思う。


 ヒミツは打ち明けたほうが楽になる。共有することで強固な絆が生まれる。それこそ、距離を縮めることだってできるだろう。でも、ヒミツを勝手に暴き、追求することは、ただの自己満足……どころか、相手を傷つける行為だ。本来、ヒミツというものは触れられたくないものだから。俺が、みゃーこや硝子さん、みく姉にすらヒミツを打ち明けられていないように。


 鈴だって、きっと。


 俺は隣ですぅすぅと愛らしい寝息を立てる鈴の寝顔を盗み見て、彼女を起こさないよう慎重に姿勢を正す。


 鈴が話すまでは、黙っていよう。なんにも知らないふりをしよう。バカだと思われてもいい。道化になるのは慣れている。それくらいで鈴が笑顔になれるなら、そのほうがいい。


 アパートの最寄駅について、俺は鈴を揺らす。


「着いたぞ」


 鈴はぱっちりとした形のよい瞳を開け、ガバリと身を起こした。俊敏な動作で俺から離れ、先ほどまでの油断を帳消しにするみたいに警戒心をむき出しにする。


「なにもしてないでしょうね!?」


「するわけないだろ」


「……なら、いいけど」


 鈴は、車中で俺が決意したことなどつゆ知らず、ツンと澄ました顔で電車を降りた。続いて、俺もホームへ降り立つ。最寄り駅に着くと、俺の気分もほんの少しだが軽くなった。知らぬ間に緊張していたのかもしれない。心なしか、鈴の足取りも軽い。ここまで来れば、アパートまではあと少しだ。


 ダンスレッスンで疲れているはずの鈴は、エスカレーターも使わず階段をのぼっていく。


 コツコツと厚底の靴を鳴らしながら歩く鈴は、ふいに立ち止まってこちらを振り返った。


「ん?」


 俺もつられて後ろを見るが、同じように帰路へ着く人たちがいるだけで、特に変わったものはない。


「なんだよ」


「……別に。あそこ、巣ができてるなって思っただけ」


 鈴がホームの屋根を指さす。その先に、たしかに鳥の巣のようなものができていた。


「よく気づいたな」


「うん」


 鈴は自分が見つけたくせに、興味なさげに再び階段をのぼり始めた。それを合図にしたように、巣からカラスが一羽飛び立つ。真っ黒な翼がホームの隙間から覗く夜空に消えていく。


「……なんか、嫌な感じだな」


 珍しいものだと思ったのに、突風のせいか寒気がして、俺は身震いする。階段をのぼりきった鈴に呼ばれ、俺は階段を駆けあがった。

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