2-20.なんか、隠してないか
すっかり帰りなれたアパートの最寄り駅を降り、俺と硝子さんは足を止めた。
改札を出たところに、周りをキョロキョロと気にしている地雷系ファッションの女子が見えたからだ。
「……鈴?」
周囲を見回しているわりにはがら空きの背中に声をかけると、鈴の肩が跳ねあがった。その拍子に、彼女のツインテールが揺れる。
「驚きすぎだろ」
からかうつもりで言ったのに、振り向いた鈴は今にも泣き出しそうな顔をしている。そのせいで、自然と俺から笑いが引っこんだ。
「どうかしたの?」
隣にいた硝子さんの声にも心配している色が視える。
鈴は我に返ったようにサッと表情を変えた。俺を無視して硝子さんにアイドルらしい笑顔を向ける。
「べ、別に! ちょうど今帰りだっただけです!」
「そのわりには挙動不審じゃなかったか?」
「うるさいな! あんたには言ってないし!」
「私にもそう見えた、けど……」
「しょっ、硝子さんまで! 全然そんなことないですよ!」
鈴は両手をブンブンと顔の前で振ると、さきほどまでの不安げな様子を振り払うように歩き出した。声を視なくても、強がりだとわかる素振りだ。
「鈴は、演技はあんまりなんだな」
「なっ! へたじゃないわよ!」
「そこまでは言ってねぇよ」
「ふたりって、仲よしだね」
「よくはないっすね」「よくないですよ!」
硝子さんのどこか的外れな感想に声をそろえると、「ほら」と硝子さんはほほえむ。なんという不覚。俺と鈴は互いにいがみあう。しかし、鈴はハタと俺と硝子さんを見比べた。
「っていうか、なんであんたが硝子さんと」
「動物園行って来たから」
「はぁ?」
「いや、鈴がくれたんだろ。チケット。ありがとな」
鈴が不服そうに顔をしかめる。あげるんじゃなかった、と顔に書かれている気がする。だが、自業自得だと思ったのか、結局口には出さずに唇を尖らせただけだった。
「今度は鈴ちゃんも一緒に行こうね」
たしなめるというより本当に心からそう思っているらしい硝子さんのひと言に、鈴も渋々うなずく。
「ふたりで、行きましょうね」
「おい、ふたりの部分を強調するな。俺も連れていけ」
「なんであんたとなんか。硝子さんとふたりで行くに決まってるでしょ」
「俺とふたりでもいいぞ」
からかうと、鈴の肩をピクリと動く。少し遅れて、「ぜ、絶対行かないから」と悪態が返ってくる。その声に今までのような力強さはなかった。ツンデレか? ツンデレなのか? 俺が鈴をニタニタと覗きこむと、鈴がきゅっと口を結ぶ。どこか硬い表情を見せたかと思うと、俺の視線に気づいたのか、鈴は慌てて顔を逸らした。
「キモイから見ないでよ!」
酷い言いようである。声色さえ、怯えていなければ。
俺は思わず硝子さんの様子をそっと横目に窺った。特別なにかに気づいた様子はない。まるで妹でも見守るかのように、鈴を見つめている。
俺の勘違いか?
俺が鈴を注意深く観察していると、顔をそむけていた鈴がチラとこちらを見た。それはゴミでも見るような目つきだった。
「なに? まじでキモイんだけど」
しめた。俺は鈴の声色を確認し、やっぱり、と違和感が勘違いでないことを確証した。
嘘にも似た色が視える。それは心の奥底にある怯えを覆い隠すような強がり。鈴はなにかを隠しているのだ。それも、恐怖に近い感情を。
では、一体なにに怯えているというのだろう。
俺か? いや、俺に対して憎悪や嫌悪という感情はあるのかもしれないが、もはや怖がることはない。今までの鈴の態度を見ても、彼女が俺にそんな素振りを見せたのは、引っ越してきたあの日だけ。
かと言って、では硝子さんに、というのはもっとありえない。鈴は硝子さんを慕っている。どちらかといえば、硝子さんに対して発している声色は遠慮に近かった。
嫌なことがあって、それを引きずっているとか? 心配させまいと明るく振舞っている?
どれもピンと来なくて、俺は悶々としたまま歩く。その間、鈴は硝子さんと動物園はどうだったか、まるで俺のことなど忘れたように話し始める。隣から聞こえてくる鈴の口調は、俺と話すときとは打って変わって穏やかだ。
なのに。どうして、声色に嘘のような色が視えるのだろう。
ホッキョクグマ、かわいいですよね。はしゃいだような口調ですら、どこか強張った硬さがあって、取り繕っているように感じられた。
「……鈴や」
呼びかければ、楽しそうに硝子さんと会話していた鈴は俺を一瞥し……、けれど、俺の顔を見るなり、なにかを察したようにぶっきらぼうに答えた。
「……なに」
「なんか、隠してないか」
すると、鈴は突如黙りこんだ。その沈黙こそ、答えだった。




