表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ザ・シークレット・アパートメント ~俺と四人の美女のヒミツの関係~  作者: 安井優
2. 俺たちのヒミツ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/48

2-17.神さまからのギフト

 メインゲートを抜けて最初に現れたのは、ゾウやライオン、トラといったサバンナの動物たちだった。いきなり動物園らしさ全開のエリアに、俺は思わず歓声をあげる。そっと桐島さんを盗み見れば、表情のわかりにくい彼女も目を輝かせていた。


「すごい」


「でかいっすね」


 ゾウを見あげ、ふたりで感嘆の息をつく。


 すぐそばで、ライオンやトラが広いエリアを悠々と歩き回っており、早速桐島さんはスケッチブックを取り出す。


「描いてみる?」


「え、もうっすか?」


「うん。ライオン、かわいいから」


 桐島さんはどうやらライオンを気に入ったらしく、早速道端のベンチに腰かけると鉛筆を取り出して線をはしらせた。


「動いてるところを描くのが難しかったら、写真に撮るといいよ」


 桐島さんのアドバイスに従い、俺は数枚写真を撮る。そのままスマホを桐島さんに向けると、彼女はすっかりスケッチブックに目を落としていた。気づかれないよう、そっと一枚、桐島さんを写真におさめる。


 桐島さんの隣に腰かけ、渡されたスケッチブックを開く。真新しいそれは、どうやら俺のために準備してくれたらしかった。


 まずは自分なりに描いてみるべし。桐島さんのその指示に従って、先ほど撮った写真の画像を並べつつ、鉛筆を動かしてみる。


「……ん~」


 思ったような線にならない。壊滅的にへたというわけでもないが、やはり実際に描いてみると難しい。俺が渋っていると、桐島さんの鉛筆の音が止まった。


 彼女の淡い瞳が俺のスケッチブックを捉える。


「大丈夫、じょうずだよ」


「ほんとっすか?」


「うん。少なくともライオンには見える」


「……ほめてます?」


 聞き返すと、桐島さんはクスクスと肩を揺らした。


「冗談。本当にじょうずだよ」


 穏やかな声は楽しさ一色に染まっている。どうやら嘘ではないらしい。


「桐島さんのも見たいっす」


 気恥ずかしさをごまかすように、俺は彼女の手元を覗きこむ。


 と、そこには、写真と見間違うほどの……いや、それこそまるで本物のようなライオンの姿があった。


 圧倒的な画力と迫力に、俺は息を飲む。


 ムダのない最低限の線で描かれているのに、わずかな光の反射まで正確に写し取ったような精緻さ。たとえ美大生だとしても、常人のそれとは明らかに一線を画しているのが素人目にもわかる。いや、俺は美大生のことも、それどころか美術のこともわからないけれど、とにかく、そんな俺にでも、これはただ絵がうまいだけではないと思わせる力が宿っているとわかった。


 しかも、桐島さんは俺と違って、写真ではなく、目の前で動き続けているライオンを見続けていたはずだ。そのうえで、この絵を描いたのだ。


「……うま」


 俺の称賛は、心からあふれた呟きに凝縮された。俺でなくても、百人が見たら、百人がそう言うであろう、嘘偽りのない本心だった。


 彼女はそれを真正面から受け止めて、「ありがとう」と素直にほほえんだ。


 桐島さんはそのまま視線を動き続けるライオンに向けたまま、スケッチブックに描かれたライオンを指でなぞる。愛でるような手つきは、本当にライオンのやわらかな毛に触れているようだった。


「これだけはね、私が唯一、私を誇れることなの」


 桐島さんは絵以外にも誇るべきものがたくさんある人間に見えるけれど、本人にとってはそうではないらしい。俺はなんと言えばいいかわからなくて、ただ黙って桐島さんと一緒に悠然と座りこんだライオンを見つめた。


「……真琴くんはさ」


 桐島さんがふいに俺の名を呼ぶ。俺はドキリとして背筋を正した。桐島さんのほうから聞こえていた指先と紙のこすれる音もいつの間にか止んでいる。


「神さまからのギフトって、存在すると思う?」


「ギフト」


「そう、ヒミツにしたくなるくらい……ううん、ヒミツにしないといけないくらい、特別な贈りもの」


 俺と桐島さんの間に雪の気配が滲んだ風が吹き抜ける。


 彼女のはいた白い息が澄んだ空へと運ばれ、言葉をなかったことにするかのようだった。


 俺は、声が視える能力を、ギフトだと思ったことはない。


 だが、もしも、桐島さんにもそんなヒミツがあるのだとしたら……。


 俺も桐島さんを真似てゆっくりと息をはく。かじかんだ指先を握りこみ、抱きしめるようにあたためた。


「あると、いいなって思います」


 いつか、俺も、桐島さんのように、自らの特別な才能をギフトだと思えるようになりたい。そう願うことくらいは、許されるのだろうか。


 俺の答えに、桐島さんの口角がゆるりと持ちあがった。


「いい、答えだね」


 桐島さんの体がほんの少し、俺のほうへと近づいた。ふわりと石鹸のような香りがする。


「私のギフトはね、この目なの」


 丸メガネの奥に潜んだ彼女の美しい瞳には、俺だけではなく、世界のすべてが映っているような気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ