2-15.口は目よりもものを言う
「え、まじでいいんすか?」
「うん、いいよ」
真顔でうなずく桐島さんを前に、俺は硬直した。差し出していたチケットがヒラヒラと床に落ちていく。桐島さんは不思議そうな顔でそれを拾うと、自分の手にペア券の一枚をおさめ、俺の手にもう一枚を返した。
いや、たしかに桐島さんを誘ったのは俺だ。もしよければ、初対面でアレなんすけど、と保険をかけにかけまくって、同じアパートの住人同士親睦を深めましょう、鈴からチケットをもらいました、なんて丁寧に鈴の名前まで借りて、それでも多分ダメだろうな、と諦め半分に連絡したのは数時間前のこと。
アパートに戻ってくるなり、本当に偶然、集合ポストで桐島さんと出会い……しかも、その場で誘いに承諾がもらえるとは考えてもみなかった。
俺はいそいそとチケットをしまい、桐島さんを窺う。
シルバーの混じった淡いアッシュグレーの髪に、浮世離れした色素の薄いグレーがかった瞳。どこか気だるげな雰囲気と表情からは、なにを考えているのか、まったく読めない。
だが、俺をからかおうだとか、俺を嫌だと思っている節はないようだ。
「今度の土曜日でもいい?」
俺が黙りこんだからか、桐島さんのほうから話しかけてくる。
「あ、も、もちろん! 大丈夫っす」
緊張気味に答えると、桐島さんがフッと笑った。
「ふふ、緊張しすぎ。君から誘ってきたんでしょ、高梨真琴くん」
名前を呼ばれ、ドキリとする。しかも、桐島さんの笑顔は破壊力満点だった。俺にロケットがついていたら、間違いなく宇宙のかなたまで飛んでいっていたに違いない。
しかし、桐島さんの表情筋はあまり長く笑みを保てないらしい。残念ながら、俺がロケットになる妄想から我を取り戻したときには、すでに真顔だった。
「楽しみにしてるね」
声色には、言葉そのまま、期待の色があふれている。『目は口ほどにものを言う』と言うが、俺からしてみれば、桐島さんは『口は目よりもものを言う』である。
「は、はい! よろしくお願いします!」
俺が勢いよく腰を折ると、再び彼女が笑ったような気配がした。顔をあげたときには、やっぱり真顔に戻っていて、笑顔を拝むことはできなかったけれど。
桐島さんは「じゃ」と軽く会釈して、二階へとあがっていく。階段をあがるたびに、ぴょこぴょこと跳ねる彼女の髪が、夕日に反射してキラキラと輝いた。
俺はその背を見送って、自らの部屋に戻る。
土曜日、桐島さんと動物園。そんな夢にも見なかった、夢のような未来に胸を弾ませながら。




