2-14.あたって砕けろ
「これ、いらない?」
ぶっきらぼうな口調で尋ねる鈴は、俺の返事を待たずにプイとそっぽを向いた。
いや、なんだこれ。
俺は鈴から動物園のチケットを差し出されている現実を受け止めきれず、ただ呆然とその場に立ちすくむ。
普段、学校ですれ違っても赤の他人ですと言いたげな顔をするか、汚物でも見るような目つきで俺を蔑むように見下す鈴が、突如『昼休み、中庭に来て』と俺を呼び出した。さすがの俺も、鈴に対して告白だのなんだのと夢を見ることはない。どちらかといえば、なにかやらして怒られるのでは、とびくびくしながら来てみたらコレだ。
「……ドッキリ?」
俺が目をしばたたかせると、鈴は眉をひそめた。
「はあ?」
どうやら違うようである。ではなぜ?
「ファンからもらったのよ。ペア券。一緒に行きませんかって」
俺の心を読んだかのように、鈴がチケットを二枚、ぴらぴらとはためかせる。
「行けるわけないし、持っててもしょうがないから、あんたに恵んであげようと思って」
「はあ……」
「べ、別に! 行く相手がいないからとかじゃないし! 無駄にするのももったいないでしょ!」
「いや、なら鈴が使えよ」
「い、いいの! それに、ファンとふたりで出かけるわけないじゃない。気持ち悪い」
「お前、ファンに聞かれたら炎上すんぞ」
「じゃあ、あんたは知らない人から一緒に動物園デートしましょって言われて平気なわけ?」
「そう言われてみれば、ちょっと……、いや、かなりびびるけど」
俺がどもると、鈴は「とにかく」と会話を一刻も早く終わらせたいのか、俺にチケットを押しつけた。
「アタシは興味ないし。みくちゃんとか……あ、あかねとか、一緒に行ってくれば?」
「まあ、そう言うならもらってやるけど。みく姉はともかく、なんでそこでみゃーこが出てくんだよ」
俺はチケットを受け取りつつ、首をかしげる。すると、なぜか鈴はいっそう不機嫌な顔つきになった。
「べ、別に! なんでもないし! っていうか、このアタシがモテなさそうなあんたを憐れんで渡してあげてるだけだからね! 感謝しなさいよ!」
フン、と彼女は横柄な態度で腰に手をあてた。声色を視れば、強がっているだけだとわかるから、俺はこいつを嫌いになりきれない。むしろ、友達がいなくて動物園にすらいけない鈴を憐れんでしまいそうになる。
「ちょっ、その目、やめなさいよ!」
おっと。どうやら、顔に出ていたらしい。これ以上関わっても罵倒されるだけで、いい結果にはならないだろう。ここが引き際かと俺はチケットを受け取った。
「わかったって。もらってやるよ、ありがとな」
素直に感謝すれば、鈴は満足そうに「ふ、ふん」と視線を外した。なんだこいつ。
「じゃあね!」
本当にそれだけの用事だったらしい。鈴は踵を返して中庭を去って行く。
俺は手元に残されたチケットに目を落とした。みく姉を誘うか、みゃーこを誘うか。自然と鈴から提示されたふたりが頭に浮かび、うぅん、とうなり声が出る。
普段お世話になっていることを考えればみく姉を誘うべきだろう。だが、俺と行って楽しいだろうか? 普段、なんの仕事をしているのかは知らないが、みく姉はアパートで唯一の社会人だ。忙しいかもしれない。
では、みゃーこは? というと、毎日遊び歩いているのか、これが意外と捕まらない。あらかじめ日付を設定しておけば来てくれるだろうが、残念ながらペアチケットには期限がある。しかも、意外とその期限が短いのだ。
「と、なると……」
鈴……は、あの様子じゃこないだろうし。
俺はしばらく考え、「あ」と声を漏らす。
いや、しかし。ほぼ初対面で来てくれるだろうか。でも、あの人なら、デートだのなんだのと、余計な詮索はしないでくれそうな気がした。
「ま、あたって砕けろ、か」
俺はチケットをポケットにしまいこんで、代わりにスマホを取り出す。
以前交換した連絡先を探す。ほんの少しの緊張と淡い期待を胸に、メッセージアプリを立ちあげた。




