2-12.うちのこと、ちゃんと守ってね
ヒミツ。
俺がみゃーこの言葉を反芻すると、当の本人はケラケラと笑った。
「なーんて、冗談冗談。ごめんね、からかっちゃった」
彼女は俺から離れて、てへっと舌を出す。だが、俺は、その明るさの奥に虚しさを視た。
みゃーこが抱えているヒミツ。
それは、彼女の内側に潜んでいる暗闇と関係しているのだろうか。
みゃーこはふんふんと鼻歌交じりにガラスの入ったビニールを手に取り、先ほどまでのことをなかったことにしようとしている。
でも。さっきの声を視て、なかったことになんかできないだろ。
「……話、聞くけど」
俺は彼女の背に声をかける。なかば引き止めるような気持ちもあった。みゃーこを助けたい。ただ、そう思って。
みゃーこはゆっくりと振り返る。みゃーこの顔には、どうして、と書いてある。なのにみゃーこは
「冗談だってば」
と笑った。ここまできたら、冗談じゃないことくらい、俺でなくてもわかるのに。
打ち明けたいのに、打ち明けることをためらってしまうようなヒミツがあるのだ。みゃーこには。
「言いたくないなら、いいけどさ」
「うん」
「俺は、いつでも、なんでも、ばっちこいだから」
なんでも受け止めてやる、と胸を叩けば、みゃーこがプッと吹き出した。
「あはっ、なにそれ。まこちゃん、キャッチャーみたい」
「おうよ、豪速球でも魔球でも、俺が仕留めてやる」
「仕留めるのはバッターじゃん?」
「どっちでもいいんだよ」
俺のあけすけな態度に、みゃーこは笑みを深めた。手にしていたビニールをゴミ袋に突っこむと、「じゃあさ」と口を開く。それから、探るように俺を見つめた。
「約束して?」
「おう」
「誰にも言わないで。あ、ここに住んでるみんなと、オカマのてんちょには言ってあるけどね。それ以外の、うちの知らない人には」
「わかった」
「絶対だよ? まこちゃんのお父さんとか、お母さんにもダメだからね」
そもそもいないとは言わず、俺は黙ってうなずく。すると、みゃーこはいよいよ観念したと言うように、俺の隣に腰かけた。
「あのさ」
言いかけて、みゃーこは口をつぐむ。まだ戸惑いがあるようだった。大人びた横顔は、いつものみゃーこから想像もできない。二十歳のフリーターというよりも、もっと経験豊富な、やり手のキャリアウーマンが真剣に悩んでいるようにも見えた。
「うちね」
「うん」
みゃーこがゆっくりと呼吸する。じれったくなるような一拍の間があいて、
「不幸体質、なんだ」
みゃーこの口からそれは告げられた。
驚くほどに透きとおった声は、嘘でも、偽りでもないことを示している。脚色ひとつない現実だ。
「不幸、体質」
繰り返すと、みゃーこは自嘲にも似た笑みを浮かべる。
「うん。不幸体質。聞いたことあるでしょ?」
「ねーよ」
「えぇ、そうかなぁ? 絶対あると思うけど。ほら、雨女とか、ケガ多男とか」
「雨女はわかるけど、ケガ多男ってなんだよ」
「あはっ、冗談」
みゃーこはカラリとした口ぶりで笑い飛ばした。惜しいことに、その笑みが長く続くことはなかった。みゃーこは笑みをしぼませ、どこか遠くに焦点を合わせて呟く。
「昔からね、ずーっと不幸続きなの。うちを生んでお母さんが死んで、そのあと、お父さんが交通事故で。で、親戚をたらいまわしにされて、その間にも親戚が事故したり、病気になったり。死神って呼ばれてた」
軽い声とは裏腹な告白に、俺は言葉を失う。
俺ばっかり、って思ってた。両親が消えて、なんで俺だけって。でも。
「そのうち、施設に入れられて、ああ、自分は不幸なんだって思ったの。それからは、できるだけ明るく振舞おうって、みんなから嫌われないように、このことは隠して生きていこうって決めて」
みゃーこはいまだに明るく振舞い続けている。俺の前ではもう、取り繕う必要なんてないはずなのに、それでも彼女は気丈に振舞った。
「でも、うまくいかないんだよね。病気ってわけでもないから、誰にもわかってもらえないし。治せもしない」
みゃーこは深く息をはくと、穏やかな顔で言った。
「だから、大学も辞めて。迷惑かけないようにって、フリーター。このアパートに来たのは偶然。みく姉に拾ってもらったの。で、今にいたるってわけ」
「……ごめん、俺」
想像以上に重かった、なんて、口が裂けても言えなかった。ただ、俺の考えなしの無鉄砲な行動で、みゃーこにこんなことを言わせてしまったことが悔しかった。
俺が膝の上で手を握ると、みゃーこが「いいのいいの」と軽やかに流す。
「もう慣れっこだし。それに、ほら、うちのせいで迷惑かけちゃうかもしれないでしょ? だから、いずれは話さなきゃって思ってたから」
「……そっか」
「それにさ。まこちゃん、さっき、うちのことすごいって、人間できてるってほめてくれたっしょ? あれ、嬉しかったの」
みゃーこは明るい笑みを浮かべると、俺の手を取って立ちあがる。
「ね、まこちゃん」
「ん」
「ヒミツ、話したんだから、守ってよね」
「約束なら、絶対守るよ」
「そうじゃなくて」
「うん?」
みゃーこは俺の手を引っ張ると、俺を無理やりソファから立たせる。あらためて並んでみると、彼女は小さく、背は俺のあごほどまでしかない。
そんな彼女が、俺の胸元から上目遣いで俺を見る。
「うちのこと、ちゃんと守ってね」
手から伝わるぬくもりが、俺と彼女を繋ぐ。みゃーこの言葉に裏表がないことは、視なくてもわかった。
「……善処します」
俺がうなると、みゃーこは「ひどい!」と言いつつ、とびっきりの笑顔を浮かべていた。




