2-10.俺は悪くないんです、神様
みく姉の予報は大当たりだった。
冬とは思えないほどきらめく太陽を背に、俺はせっせと布団を干していた。母さんがいたころは布団を干すなんて……いや、それどころか服を干すことすらほとんどしていなかった。洗濯って想像以上に重労働じゃね? 母さん、ごめん。母さんが戻ってきてくれたら、今度から絶対手伝うから。そんな決意を胸にしまって、俺はひたいに浮かんだ汗をぬぐう。
「ふぅ」
これでひと仕事終わった……そのとき。
ガシャァァンッ!
ガラスの割れるような音が響く。ついで、空からキラキラと光の粒が降ってきた。言うまでもなく、ガラスの破片だ。なんで!? てか急に!? 俺は咄嗟に布団の下へヘッドスライディングを決めて体を守る。
「なんだよこれ……」
しばし布団の中に身を潜め、ガラスの雨が止んだことを確認する。そっと隙間から外を覗くと、二階のベランダからみゃーこの姿が見えた。みゃーこはキョロキョロとあたりを見回している。やがてみゃーこの目線が庭へとさがり、俺を捉える。
「あぁっ!」
みゃーこのぱっちりとした瞳がキッと吊り上がった。怒りと不快感を顔に表し、ズカズカと大股で部屋へ戻っていく。
あれ、これもしかして、俺が犯人だと思われてね……?
俺が布団から這い出すと、庭に向かって勢いよくみゃーこが駆けてきた。
「まじムカツクんだけど!」
みゃーこが俺の首根っこを勢いよく掴む。その顔はまさに鬼の形相だ。
「ちょ、ちょっと落ち着けって!」
「無理! なんなの、いきなり! 意味わかんない!」
「俺じゃないって!」
「嘘つき! どう考えてもまこちゃんじゃん!」
「違うって!」
みゃーこの痛ましいほどの叫びをできるかぎりの大声で遮る。みゃーこは驚いたのかビクリと肩を揺らして、ようやく俺から手を離した。俺は襟元を正して、呼吸を整える。
「……信じてもらえないかもしれないけど、ほんとに俺じゃない」
「でも……」
「布団を干してたら、いきなり窓ガラスが割れて。そしたら、上からガラスが降ってきたから」
布団の中に潜りこんだ、と俺は目だけで訴える。
布団には降り注いだ細かなガラス片が刺さっていて、陽の光にキラキラと反射していた。
その光景に、みゃーこの表情からいらだちが消えていく。
「そもそも、俺がみゃーこの部屋にいたずらするメリットなんかないだろ」
仮に俺が犯人だとしても、自分の身を危険にさらすような真似はしない。安全が保証された場所から狙うに決まっている。
みゃーこはいよいよ落ち着きを取り戻したらしい。血相を変えて、泣きそうな顔で俺に抱き着いた。
「ごめん! まこちゃん、ほんとごめん!!」
みゃーこの切実な謝罪に、申し訳なさや俺を疑ってしまった自分への嫌悪感が視えた。人のよさがにじみ出ているとでもいうのか、ともすれば、むしろ俺に罪悪感を湧きあがらせるくらい純粋だ。
俺はみゃーこの背に手を回すべきか迷う。だが、さすがにここで抱きしめるのは違う気がする、と理性がブレーキを踏んだ。すんでのところで手を止めた俺は、代わりにみゃーこの肩を掴む。そっとみゃーこを離せば、彼女は潤んだ瞳で俺を見つめた。
「ほんとにごめんね」
「いいって。どう見たって俺が怪しかったしな」
ヘラリと笑みを浮かべれば、ようやくみゃーこもホッとしたようにうなずく。
「それより、みゃーこは大丈夫?」
「うん。うちは大丈夫。でも、部屋が……」
「ああ、そうだな。とりあえず片付けるか」
「うん! ありがと、まこちゃん! 大好き!」
みゃーこは再び俺に抱き着く。二度目の抱擁に、俺の理性は暴走した。俺は悪くないんです、神様。俺がそっと背中に手を回すと、みゃーこはえへへと嬉しそうに笑う。いつもの明るい笑みに、ひとまず彼女が無事でよかった、と俺は心からそう思った。




