2-8.俺、やっていけんのかな
「わたしはもうお馴染みやけど、才賀未空、二十八歳。大家です。出身は京都です」
「私は桐島硝子です。年は二十二で、大学で油絵を専攻してます」
「はいはーい! うちは、宮森あかね! ハタチでぇっす! 生まれも育ちもこの辺でぇ、好きなことは恋愛とか? おしゃれとか! よろぉ」
「……塩野鈴。以上」
「あぁっと……俺は、高梨真琴、高二です。お願いします」
全員の自己紹介を終え、パチパチと拍手がおこる。特にみく姉とみゃーこが主な発信源だが、桐島さんも純粋に俺を迎え入れてくれているし、鈴もふてぶてしさはあるものの、緩慢に手を叩いてはくれていた。
あらためて、この美女四人と同じアパートで暮らすのかと俺はまじまじ女性陣を見つめる。なんておいしいイベントなんだ。父さんも、母さんもいなくなってどうしようかと思ったけれど、神様は俺を見放さなかったんだ。いや、母さん探しは今もなお続いているが。それはそれ、これはこれだ。
俺が両手を合わせて神様に感謝を告げていると、対面に座っていた鈴の「キモ」とドン引きしている声が聞こえた。
「あ、そういえば、鈴の曲聞いたぞ」
脈絡もなにもあったもんではないが、黙っていたらバレたときにまた騒がれそうだ。俺が「ほら」とスマートフォンにダウンロードされたアルバムのジャケ写を突きつける。
画面を見る鈴の瞳が輝いた。だが、すぐにツンと視線を逸らされる。
「べ、別に頼んでないし」
「なんだよ。せっかくいい曲だなと思ったのに。てか、鈴、歌うまいのな」
「わかるぅ! りんりん、めっちゃかわいいし、歌も超いいよね! てか、ライブ見た!?」
「いや、それはまだっすね」
「見たほうがいいよぉ! りんりん、まじですっごいの! キラキラしてて最高!」
「あ、ありがと」
おい、みゃーこには素直にお礼言えんじゃねえか。俺にもよこせ。カモン、と両手で手招くと、鈴はそれを無視して、
「それを言うなら、硝子さんの新しい作品もすごかったです」
桐島さんに話を振る。桐島さんはすでに一本目のビール缶を飲み終えたらしく、二本目のチューハイに手を伸ばしていた。すっきりとした瞳がいつの間にかふにゃふにゃと溶けている。彼女は「んふふ」と先ほどまでとは別人のようなゆるい照れ笑いを浮かべた。
「うそぉ! りんりん、しょこたんの新作見たの!?」
「キモイ壺と引き換えに見せてもらいました」
「壺?」
「あっは、そっか、まこちゃん、まだ知らないよね。しょこたん、骨董品とか美術品とかいろいろ集めてるらしくてぇ」
俺の問いに、みゃーこが「ほら見て」とスマホを見せる。これでもかと大量の壺やなにに使うのかわからない大きな皿、不気味な人形といった数々のコレクションが映った写真が表示されている。
「あ、ちょっと……恥ずかしいから、あんまり」
どうやら、この前衛的博物館は桐島さんの自室らしい。桐島さんが消えそうな声でみゃーこを制すると、みゃーこは「ごめんごめん」とウィンクをひとつ、桐島さんへと飛ばしてスマホをしまった。
これが桐島さんのヒミツか。意図せず聞いてしまったが、なるほど、見かけによらずとはまさにこのことか。
納得した俺は、もうひとつ気になった謎を問いかける。
「てか、そもそも鈴のキモイ壺ってなんだよ」
「ファンからもらったの。あまりにも気持ちわるくて捨てようと思ってたら、硝子さんが欲しいって言うからあげたのよ」
鈴は悪びれた様子もなく言い放ち、寿司を頬張る。
ファンからもらったプレゼントを捨てるなんて、と思うものの、壺って時点で怪しいし、知らないやつからもらった壺なんかもっと気持ちわるいか、と俺は鈴の心中に共感せざるをえなかった。こいつも苦労してんだな、と生暖かい目で鈴を見れば、「キモ」と何度目かわからない罵倒が返ってくる。クソ、同情して損した。
「そういえば、あかねちゃん、今日は時間、大丈夫なの?」
「時間? あ、ああ! 今日はさすがに大丈夫だよ! 予定なしっ!」
「ん? みゃーこ、普段はなんかあるのか?」
でもフリーターだって言ってたよな? 俺が首をかしげると、なぜかみゃーこ以外の女性陣が顔を見合わせる。
「えぇっと……まあ、その、ほら、あかねちゃんは交友関係も広いし、なぁ?」
みく姉の声に、気まずさや羞恥の色が混ざる。またもヒミツか? あまり深く聞かないほうがいいやつか、と俺が判断するよりも先にみゃーこが妖しく俺の腕に絡みついた。
「そりゃもう、夜の予定って言えば、アレしかないっしょ?」
酒が入っているせいで、ほんのりと赤く染まった頬と潤んだ瞳が俺の心臓を打ち抜く。
「今日の夜は空いてるんじゃなくて、まこちゃんのために空けたんだよ?」
「なっ……」
絶句。俺がゴクンと唾を飲みこんだ瞬間、みく姉が「こら」とみゃーこと俺の間に割って入った。
「私のかわいいいとこをからかわんとってくれる?」
「えぇ~、みく姉、ケチィ」
みゃーこが俺から離れ、俺は命拾いする。バクバクとうるさい鼓動を静めるためにジュースを飲み、そそくさとみゃーこから距離をとった。
「まあ、とにかく飲もっか」
雰囲気を変えるためか、桐島さんが三本目の缶を掲げる。みゃーこは「いぇーい!」と飲みかけの缶を合わせ、みく姉も軽くグラスを掲げた。鈴はそんな三人を見てため息をつきつつ、ひとり黙々とサラダを食べる。どうやらこれがここの日常らしい。
この先、俺、やっていけんのかな……。
俺はそんな不安を振り払うように、みく姉たちと再び乾杯を交わした。




