2-7.このアパートでは、みんなが家族
みく姉の部屋に足を踏み入れると、パンッと乾いた音が響いた。
「うぉっ!?」
俺が驚きでピザの箱を揺らすと、隣にいたみゃーこと俺を出迎えたみく姉がにんまりと口角をあげる。音の正体はみく姉が手にしていたクラッカーだった。
「えっへっへ~! ドッキリ、大成功!」
いぇーい、とみく姉とみゃーこがハイタッチを交わし、俺を置いて部屋の奥へと消えていく。
え、待って、説明は!? てか、ドッキリってなに!?
俺はふたりの背を追って、リビングに続く扉を開ける。戸を開けると、パンッ、パンッ、と乾いた音が何度も鳴り響いた。
「まこちゃん、ようこそ! アパートへ!」
ててーん、と手を広げるみく姉と、嬉しそうに笑うみゃーこ。その奥には鈴ともうひとりの女性。リビングには寿司やから揚げといった豪華なごちそうの数々が並び、さらに、壁には『WELCOME』と書かれたガーランドが飾られていた。
「今日は、なんと! 忘年会兼まこちゃんの歓迎会やよ~!」
「え?」
状況が飲みこめず立ち尽くす俺からピザを奪ったみく姉は、そのまま俺をみんなの輪の中に入れる。
「このアパートでは、みんなが家族。やから、一緒に住んでるみんなと仲よう過ごすのがルールなんよ。困ったことがあったらお互いに助け合いましょう! ってことで、新しく人が越して来たら、こうやって歓迎会をやってるってわけ」
言いながら、みく姉は俺とみゃーこが買ってきたピザを手際よくテーブルに並べていく。
「そうそう! 最初はうちもびっくりしたけどぉ、おかげで新しい友達も出来たし? めっちゃ過ごしやすいっていうかぁ。だから、まこちゃんもよろって感じで」
みゃーこが俺に手を差し出す。俺は訳もわからないままにその手を取り「お、おう」となされるがまま握手する。鈴は相変わらずツンとしているが、歓迎会に参加するということは少なくとも俺を追い出そうとはしていないらしい。
ということは……俺は残るひとりに目を向ける。初めて見る顔だが、彼女もこのアパートの住人なのだろう。
丸メガネの奥に、すっきりとした切れ長の瞳が覗く。覇気のなさを表したような色素の薄いグレーの目なのに、俺は自身がくまなく観察されているとわかって姿勢を正した。
「あ、えと、はじめまして。一〇三号室に引っ越してきた高梨真琴です」
「はじめまして。二〇三号室の桐島硝子です」
桐島さんが小さく会釈するのに合わせ、アッシュグレーのウルフカットがやわらかに跳ねる。桐島さんの女性にしては少し低い声は耳馴染みがよかった。彼女のダウナーな雰囲気と相まって、高貴な猫って感じがする。
落ち着きはらっている桐島さんに、みゃーこが抱き着いた。その顔はなぜか誇らしげだ。
「まこちゃん、しょこたんはねぇ、めっちゃ絵うまいんだよ! 美大生なんだよねぇ!」
「そうなんですか?」
「あかねちゃん、恥ずかしいから……。そんな大したことじゃないし」
「でた、硝子さんの謙遜。もっと誇ったほうがいいのに」
「鈴ちゃんのほうがすごいでしょ」
「そんなことない、硝子さんはすごいです!」
鈴も桐島さんを気に入っているのか、珍しく口調にトゲがない。どうやら、この三人は仲がよいらしい。これもみく姉が決めたルールや歓迎会のおかげなのだろうか。
そもそも、こんな女性ばかりのアパートに俺みたいなやつがいていいのか? ダメって言われてももう今さら無理だけど。あ、だから鈴も最初あんなに警戒していたのか。
さまざまな疑問や憶測や推理を頭の中で交わしていた俺を、みく姉が現実に引き戻す。
「これでみんな顔合わせできたし、乾杯にしよかぁ」
みく姉はキッチンからお酒やジュースを持ってきてみんなに配る。俺と鈴はジュース。残る成人組三人はお酒の缶に手を伸ばした。みんなが一斉に缶をあけたからか、部屋いっぱいにプシュッと気持ちのよい音が広がる。
「それじゃ、まこちゃんのお引越しをお祝いして、かんぱーい!」
みく姉の声に合わせて、俺たちは缶を互いにぶつける。
喉を通り抜ける炭酸が体いっぱいに広がり、この出会いを染みわたらせた。




