ウィルジアの命令
翌日のリリカは、ウィルジアと共にまず国王陛下と三番目の王子イライアスへと目通りをすることになった。
昨日とはまた違うドレスを着せられたリリカは、国王の執務室へと行く。
入室したリリカがお辞儀をすると、部屋の奥から機嫌の良い軽快な声がした。
「堅苦しいのは抜きにして、気軽にしてくれ。とりあえずもっと近くへどうぞ」
リリカが顔を上げると、最奥の執務机に国王陛下が、そして隣にイライアスが立っている。
ウィルジアと共に部屋の奥へと向かうと、国王は気さくに話しかけてきた。
「この度は潜入捜査お疲れ様。不正の証拠を掴むだけじゃなく本人の捕縛までやってのけたんだから大したものだね!」
「全ては病院の方々のお力添えと、ウィルジア様の計らいがあってこそです」
「もっと手柄をアピールすれば良いのに」
「滅相もございません」
「ウィル、この子いつもこんな感じなの?」
「うん」
「謙虚だねぇ」
国王は感心したような声をあげた。
「ま、いいか。王立第二病院の後任の院長は信頼できる人間を据えるから安心してくれ。イライアスがその辺り上手くやってくれるから」
「よろしくお願いいたします」
「あとは、仕事を引き受けてくれた君に褒賞を。イラ」
「はい」
イライアスが国王に言われ、リリカに手渡されたのはずっしり重い金貨である。見たことのない量の金貨を手渡されたリリカは、思わず声を上げる。
「こ、こんなにたくさん受け取れません!」
「見事結果を出してくれた君には、これくらいの褒美があって然るべきだと思うが?」
「リリカ、受け取っておきなよ」
「はぁ……」
困るリリカにウィルジアがそう言うので、突き返すわけにもいかずにリリカは大人しく金貨を手に頭を下げて礼を言う。手に伝わる質量にどうしようかなと思いつつ、リリカは先の言葉を待った。
すると会話を切り出したのは、国王でもイライアスでもなく、ウィルジアだ。
「今回の件は無事に解決したけど、もうこれ以上リリカに変な仕事を依頼しないでくれ」
「なんで?」
「なんでって、リリカは僕が雇ってる使用人だから、いくら国王だからって勝手に妙な命令を下されても困る。彼女の雇用主は僕であって父上じゃない。リリカは僕以外の人間の命令を聞く義務がどこにも存在しない。リリカに何か頼みたいことがあるなら、今回みたいに直接リリカに言うんじゃなくてまずは僕に話を通してくれないか」
「あーなるほど」
ウィルジアの言葉に国王は口の端を持ち上げておもしろそうに笑った。
「そうやって守ることにしたのか」
「父上のことだから、また厄介な問題が起こったらリリカに頼もうと考えるだろう」
「だってその子、万能だろう? 俺は人を動かし命じてこの国の厄介ごとに対処するのが仕事で、彼女一人に頼んで問題が解決するなら、そうするべきだ。……だが確かにウィルの庇護下に置かれてれば、俺もうかつに手出しできないもんなぁ」
「勝手に何かを頼んだら怒るからね」
「はいはい、わかったよ」
肩を竦めた国王は、視線をリリカに滑らせる。
「君は随分と俺の息子を変えてくれたようだね。臆病で引っ込み思案で、他人にまるで関心がなくって世間に背中を向けていたウィルが、こうまで人格変わるとは思わなかったよ」
「ウィルジア様の研鑽の賜物です」
「手柄をひけらかさないところもいいね。妙な令嬢がくっついて回るより、よっぽど安心できる。……これからもウィルのこと、よろしく頼むよ」
目を細めて笑う国王の顔はウィルジアによく似ていて、優しく柔らかく、息子のことを大切に思っているように感じられた。
◆◇◆
話を早々に終えて執務室を出ると、リリカは隣を歩くウィルジアを見上げた。
「ウィルジア様、私のこと守ってくださいました?」
「うん?」
「先ほどの、国王陛下へのお言葉です」
「ああ、うん、そうだよ。どんな内容であれ、リリカが直接父上やイライアスに頼まれたら、嫌とは言えないだろう?」
「はい」
リリカはこくりと頷いた。
リリカは平民であり、一方ウィルジアの父であるコンラッドは国王陛下、そしてイライアスも第三王子である。何かを依頼されれば、リリカは首を縦に振る他ない。
それをわかっているからこそ、ウィルジアはあの場でコンラッドを牽制した。
「今回の件で、いやその前に母たちが屋敷に来た時から、リリカがものすごい有能だってことがバレてるからね。きちんと伝えておかないと、それこそ厄介な事件が起きる度にリリカが駆り出される可能性がある。僕はそんなのは嫌だから。リリカも、僕に何の相談もしないで勝手に変な依頼を引き受けないように。命令だよ、わかった?」
「はい」
リリカは返事をしてから、くすりと笑った。
「ウィルジア様が私に何かをお命じになるの、これで二回目ですね」
「そうだっけ?」
「はい。一度目は、私が熱を出した時。『今日は一日ベッドで大人しくしていること』って」
「あの時のリリカ、めちゃくちゃしんどそうなのに仕事しようとしていたよね」
「体調管理も自分の仕事のうちなので、私が風邪を引いたばかりにウィルジア様の一日が狂ってしまっては大変だと思ったので……」
「僕のことなんて放っておいて、具合悪い時は寝てようよ」
当時を思い出したのか、ウィルジアは眉根を下げてリリカに言い聞かせた。
ウィルジアはリリカにほとんど何も命令しない。提案みたいなことはするけれど、はっきりと命じたのはこの二回だけなのだ。
そしてその二回はどちらも、リリカのことを気遣ってくれている内容だった。
周囲の人々は口々に、変わったウィルジアのことを褒めそやす。見違えたようだなと言って見直してくれる。
ウィルジアの評価が上がることも、良い評判になることもとっても嬉しいことだけれど。
リリカにとってウィルジアは、出会った一番最初から心の優しいご主人様であり、その変わらない優しさこそがずっとずっと大好きで、尊敬している部分だった。
隣を歩くウィルジアはリリカの気持ちを知らないまま、少し肩を落とした。
「それにしても、解雇した途端に父の命令が飛んでくる気がするから、このままだとまだしばらく使用人やってもらうことになるね。……恋人なのに使用人ってどうなんだろう……」
「それでいいです。私、ウィルジア様の下で働けて幸せですから、一生このままでもいいです」
肩を落としたまま視線を送ったウィルジアは、苦笑をこぼした。
「一生かぁ。リリカがずっと僕のそばにいてくれるって思うと、嬉しいけど。でも、なぁ」
それからふいに足を止めたウィルジアが、視線を彷徨わせながら呟く。
「……例えばリリカが、僕の婚約者になる、っていう手段も取れるけど……それなら僕も守りやすいし……」
「え……」
思いもよらない提案に、リリカは目を丸くした。
婚約者。
それは結婚を前提とした関係ということになり、将来を誓い合う状態である。
恋人同士になって、ウィルジアの父に認められたばかりだというのに、婚約者。
リリカのキャパシティを容易に超えた提案に、リリカは意味もなくあうあうと口を動かした。
「あっ、あっ、あの、あの……」
なんて言っていいのかわからない。そもそも王族のウィルジアの婚約者という立場など、恐れ多すぎて、どうしていいのやら、どう反応すればいいのやらだ。
そんなリリカの反応を見たウィルジアが、自分の発言を吹き飛ばすかのようにものすごく慌てて手を左右に振った。
「あっ、ごめん。急にそんなこと言われてもリリカだって困るよね。ごめん。じゃあ、しばらくの間はまだ恋人兼使用人ということで」
「あの……は、はい」
リリカはこくりと頷いた。
婚約者。本当はとても嬉しい響きなのだけど、何だか気恥ずかしい。
ひとまず使用人兼恋人という妙な関係性はこれから先ももう少し続きそうだった。
外伝、あともう少しだけ続きます。
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