イリーナ=ワルイナ2
疲れていたのか、その夜はぐっすり眠った。朝食は、なんと茹で玉子があった!母が朝から鶏小屋に入って取ってきたらしい。風魔法で糞を掃除しとくように言われた。
ついでに餌もやれと言われても……少し怖かったけど、意外と可愛かった。母の他に誰もいないからそう思えたのかしら?
その間に母は水魔法で洗濯したらしい。干す場所が無いから、とりあえず木にかける。
物置を漁ると、ロープがあったので、母と一緒に木と木の間にロープが張るように結んだ。そこに洗濯物を干すらしい。
それから、畑を作る……母が水魔法で土を柔らかくして雑草を抜く。たまに抜くなと言われる所には、ハーブが生えていたらしい。
それから耕すと言って、鍬をもたされた。鍬は重いし土で汚れて最悪だった。
最後に謎の草を植えていく……やっと終わったらしい。母は嬉しそうにいくつかハーブを摘んでいた。
母はキッチンの戸棚を漁り、ティーポットとティーカップを嬉しそうに持ってきた。他にもヤカンや瓶、ボウルやザル、キッシュの型等も見つけたようだ。使い方が全く分からない。
次々母が持ってくるものを、とりあえず洗っていく。最後に瓶に入った謎の種もいくつか見つかった。
戸棚の中の埃を払うように言われ、その後母が水魔法で綺麗にしたら、台所の掃除は終わりのようだ。
ヤカンでお湯を沸かし、綺麗に洗ったハーブでハーブティーを作ってくれた。
昔は草臭くて嫌いだったけど、不思議とさっぱりして美味しかった。
午後からは建物の中を調べることになった。ほとんどの部屋は空っぽだったが、ある1つの部屋には明らかに誰かが生活していた痕跡が残っていた。
埃を被ってはいたが、寝具や服、裁縫道具にメモ帳、櫛もあった。正直櫛が無かったので凄く嬉しい。
服もクローゼットとチェストに入っていたので、比較的綺麗に残っていた。
2階の1番奥のその部屋から出て廊下を歩く途中、ふと天井に気になる穴があった。
何か差し込んで引っ張れば開きそうな気がする……ただ、引っ掛けられそうなものが何も無い……苦手だけど風魔法で飛んで、何とか穴に指が入ったので引っ張ってみた。
すると、長方形に開き、折り畳みの梯子が出てきた。どうやら屋根裏部屋があったらしい。
恐る恐る上ってみると、想像より広い部屋にいくつか箱が置かれていた。1つを開けると、中から冬用の寝具が2枚出てきた。年期は入っているが、十分使えるだろう。母が大喜びしている。
次の箱には、キルトが入っていた。明らかに素人の手作りでセンスも悪いが、冬は暖かいだろう。
次の箱には冬物の服が入っていた。丈も短いし、おそらく年寄りの物だと思うが、無いよりはいいだろう。
別の箱には男物の服が入っていた。かつていた人が着ていたものだろう……畑仕事をするときに便利な気がする。どうせ母と2人だし、着飾る必要もない。
他にも使えそうな物がないかと探したが、リネン類位であとは特に何もなかった。
とりあえず男性用の夏用の服と、年寄りの部屋にあっためぼしいものを持って下に降りた。
服は明日洗濯するらしい。母と一緒にメモ帳を見ると、料理のレシピやハーブの使い方、野菜の育て方等が細かく書かれていた。
メモ帳の埃を綺麗に拭き取り、母が嬉しそうに台所へ持っていった。私はとりあえず全部の部屋……と言っても8部屋しかないのだが、それぞれの部屋の埃を払っていった。
年寄りの部屋に他にめぼしいものはないか探したが、特に見つからなかった。
屋根裏も埃を払って隅々まで見てみたが、やはり何もなかった。ここに連れてきた騎士達の話では、ここは孤島だと言うことだった。
屋根裏部屋の窓から外を見ると、確かに建物からそう遠くないところで島が終わっているようで、その先には何も無い海だけが広がっていた……
「お母様、明日は私、少し島を探検してみますわ」
「探検するほど広くもないわよ?1人で大丈夫?このメモによると他に生き物はいないみたいだから危険は無いと思うけど……」
「大丈夫よ。ぐるっと回ったら戻ってくるわ」
翌日、念のために物置で見つけた錆びたナイフを持って島を探検した。と言っても、本当にすぐ行き止まりだった。手を伸ばすとバチッと出られないように魔法が施されていた。
果物がなりそうな木も無く、鳥も虫も何もいなかった……本当に孤独な島なんだと、改めて実感した。
それからの日々は、淡々と過ぎていった。母の料理の腕は上がり、私も教えてもらって一緒に作るようになった。
何かしていないと暇で仕方無いのだ。野菜は芋だけは上手く育ち、他はダメだった……芋とハーブと少しの肉と小麦粉と卵で、冬を越すしかないらしい……
鶏小屋はメモにある通りに防寒対策をしたら大丈夫だった。思ったより冬の寒さは厳しく無かった。その代わり、夏の暑さがキツかったので、おそらく南の方の島なんだろう。
春になり、待ちに待った騎士達が来た。遠くに船が見えた時点で母と着替えて髪を結い、おもてなし用にハーブティーの準備をする。
見つけた種の1つがなんと苺だったので、摘みたてを用意しておく。さあ、いよいよ騎士様のお出ましですよお母様。
ここから出るための演技を始めましょうか。まずは砂糖と茶葉とシャンプーと化粧水からですわね。上手くいけば、今年の夏には空調魔石も手に入れたいわ。
そして何年かかっても、必ずここから抜け出して見せる!運良くさえない騎士が2人……母と目を合わせて頷き合った。
「騎士様方、お待ちしておりましたわ。遠い所まで来ていただき、ありがとうございます。
よかったらお茶をご一緒にいかがですか?ずっと2人きりで寂しくて……少しだけでいいので、話し相手になっていただけませんか?」
もじもじと手を合わせるふりをして胸を強調する。裁縫道具を使って胸元は大きく開けてある。
手入れをされていない肌は少し荒れているが、長い睫を目立たせるように、斜め45度で見上げて少し寂しげな表情をする……
ごくり……
騎士達の視線が胸へ行き、唾を飲み込んだのがわかった。ふふふ、なんてチョロいのかしら……
母と2人それぞれ騎士の手を取り、さりげなく胸を押し付け台所へ案内する。
「こんなところでごめんなさいね?冬を越すので精一杯で、おもてなし出来るような部屋を整えていませんの……」
母が悲しそうに目を伏せてハーブティーを入れる。
「茶葉が無くて……私が育てたハーブティーですわ。お口に合うといいのですが……あら大変、雨だわ!急いで洗濯物を取り込まなきゃ!」
騎士達もあわてて荷物を運び入れてくれた。
「こんな雨の中帰るのは危険ですわ……こんなところでよければ、泊まっていきませんか?」
結局その日は雨が降ってきたこともあって、2人は泊まっていく事になった。もちろん、使える部屋は2つしかない。
狭いベッドにソファも無いので、必然的に体の大きな騎士と、私達女性がそれぞれ1つのベッドで寝ることになった。
「次来られるのは、また半年後でしょうか……?」
「いや、次の休みにまた来る。砂糖と茶葉を持ってこなければいけないからな。他に欲しいものはないか?」
「まあ、嬉しい!来ていただけるだけで嬉しいですわ!っあ……」
「なんだ?言ってみろ」
「でも……その……シャンプーが欲しくて……石鹸しかないものですからこんなに髪が荒れてしまって……恥ずかしいですわ」
「すっかり謙虚になったんだな……毒婦だ等と言われていたが、誰かにはめられたのか?」
「ええまあ……一緒にいた男達に利用されたのです……ですが私も我儘で世間知らずでしたし……仕方無いのです……
貴方が時々来てくださるなら、寂しくもないですわ……ふふふ」
それから体力バカに朝まで付き合って、全身が痛むのを我慢して母と一緒に船を見送った。母は化粧水とハンドクリームを無事ねだれたようだ。
まずはこんなものかな……長期戦確実なので、とりあえず少しずつ快適に過ごせるように変えていく所からかしらね。
「お母様、昨日の水魔法最高でしたわ。ふふふ」




