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【短編版】隣の席の朝倉さんは、どうやら異世界帰りの聖女様。

作者: あざね
掲載日:2026/02/12






 高校に進学してから、早いもので一ヶ月が経過した。

 五月になると各々に仲の良いグループができ始め、休み時間になると自分の席を放り出して友人のもとへと向かう者ばかり。僕はそんなクラスメイトを眺めつつ、ボンヤリと次の授業の準備をしていた。

 断っておくが、決して友人がいないわけではない。

 多いわけでもないのだが、移動せずともその友人の一人は隣の席にいるのだった。



「朝倉さん、次の授業の課題やってきた?」

「はい。もちろんです」



 窓際最後尾の僕が声をかけると、黒髪の美少女――朝倉さんはそう答える。

 穏やかな表情をした彼女には、普通なら声をかけるのも畏れ多いと感じるほどの清廉さがあった。すらりとしたモデルのようなたたずまいに、鈴の音のような綺麗な声。

 これが高校一年生なのだから、世の中分からないもの。

 おおよそ、自分だけ話せるからといって、恋愛感情を抱くなんておこがましい。



「実は、分からないところあってさ。教えてほしいんだけど……」



 僕はそんなことを考えながら、要件を伝えた。

 先日、歴史の授業で出た課題の中に、一部分からない内容があったのだ。もっとも分からない原因は、居眠りをしていた自分にあるのだけど、真面目な朝倉さんならきっと大丈夫。

 そう思いながら、僕は古代ローマの荷馬車について訊ねた。



「このチャリオット……だっけ? 荷馬車の特徴について、先生がなんて言ってたかを教えてほしいんだよね。教科書には載ってなさそうだったし、分からなくてさ」

「あぁ、荷馬車ですか……?」



 すると朝倉さんは、ぼんやりと遠くを見るような眼差しになって。

 ふっと、一つ小さなため息を口にしてから、こう漏らすのだ。



「あれは、そうですね。長距離の移動に適しているとは、あまりいえないです」

「そう、なの……?」



 どこか、実感のこもった声色で。

 僕が首を傾げると、彼女は憂いのこもった様子で額に手を当てた。そして次にもう一方の手で腰をさするという、女子高生にはあるまじき所作を取る。

 口元には先ほどまでなかった苦笑いが浮かんでおり、口調も一気に沈んだものになっていった。その上で朝倉さんは、このように語る。



「元々、荷物を運ぶのが主な目的ですから。そこに人が乗れるように座席をつけたとしても、角ばった木材の上に座り続けるのは腰にきます。ですが、それだけなら良いのです。それだけなら。……問題はどこの道も『こちら』のように舗装されておらず、常に振動に晒されてしまうわけでして――」

「――お、おおう」



 あまりの恨み節に、僕はついつい身体を少し引いてしまった。

 普段の彼女からは考えられないほど怨嗟に満ちた声色であったため、周囲のクラスメイトも何事かとこちらを振り返ってコソコソと話している。

 そんな様子に気付いたのか、朝倉さんはハッとした表情になって言った。




「あ、でもそうですね! 先生が先日、仰っていたのは――」




 ――努めて明るく、お淑やかに。

 その振る舞いは語弊を恐れなければ『聖女様』とも呼ぶべきで。



「……あ、ありがとう」

「いえ、どういたしましてっ!」



 僕は勝手ながらに、ある可能性に至っているのだった。

 隣の席の朝倉冴姫さんは、どうやら――。




「はぁ……こちらでは、治癒術が使えないですからね……」

「(聞こえてるよ、朝倉さん……?)」




 ――異世界帰りの聖女様なのだ、と。



 







「日直って、本当に面倒だよね。朝倉さん」

「それは、そうですね。でも必要なこと、ですから」




 次の授業は化学の実験だった。

 僕と朝倉さんは偶然にも日直だったので、授業前に諸々の資料、実験に使うものの準備を手伝うことになっている。要するに先生の小間使いなのだけど、さすがは朝倉さん。

 少しだけ面倒くさそうにしたものの、役割は役割と考えて切り替えていた。

 そんな彼女の大人なところにほんの少しの憧れを抱きつつ、僕は化学実験室のドアを開く。するとそこには、何に使うか分からない薬品の入ったビンに、顕微鏡などの道具が所狭しと。



「あれ、先生まだなのか……?」

「そのようですね?」



 だけど、肝心の化学担任の姿がなかった。

 僕たちは互いに顔を見合わせて、小首を傾げながらも足を踏み入れる。そしてテーブルの上に置かれる一枚の紙を発見した。

 そこには、次の授業に必要な薬品の名前が書いてある。

 同時に先生が会議のため、準備を任せる旨も……。



「いいのか、そんな適当に……」



 それを読んだ僕は、思わず口に出してそうツッコミを入れてしまった。

 だが、あまり考え込んできては間に合わない。



「仕方ないから、さっさと準備しちゃおうか」

「そうですね。では、私は――」



 そう思った僕が朝倉さんに確認すると、彼女も同じ意見だったらしい。

 しっかりと頷いて、テキパキと薬品を準備し始めた。

 僕は感心しつつビンを手にして――。



「あ、しまっ――!」



 ある薬品をこぼし、軽く肌に付着させてしまった。

 それが何かは分からないが、鼻にツンとくる臭いがする。おおよそ人体に有益なものではないだろうし、ひとまず水で洗い流そうと水道の蛇口を捻ろうとした。

 すると、その時に気付く。



「うわ、なんだこれ……!?」



 水で洗い流すと付着した箇所の肌が、水膨れのようになっていた。

 痒みと熱感からして、このまま放置してはいけないというのは直感的に分かる。僕は周囲に助けを求めるように視線を泳がせるが、当然そこにいるのは朝倉さんだけ。

 しかし一人で考えるより、万倍もマシだ。

 そう思って、



「朝倉さん、これ……どうしよう?」

「……えっ!?」



 彼女に患部を見せると、驚いたように目を丸くされる。

 それもそのはず。薬品がかかった箇所の様子は、みるみるうちに悪化していた。水ぶくれは大きくなるし、赤みがドンドンと広がっていく。

 僕はひとまず保健室に行こうと考えて、朝倉さんにそう伝え――。



「待っていてください!」

「……へ?」



 ――ようとした、その瞬間だった。

 まるで何もかもを熟知しているかのように、朝倉さんが薬品の調合を始めたのは。手慣れた様子で一つの液体を完成させた彼女は、一つ息をついてから言った。




「これを一息に呑んでください」

「………………こ、これを?」




 差し出されたのは、浅黒い謎の薬品。

 どう見ても人体にとって有害な色合いをしているそれは、時々にゴポゴポと泡立っているのが分かった。僕は手の熱感が酷くなるのを理解しつつ、朝倉さんの微笑みを無碍にもできない。

 しかし、これは呑んでも平気なのか。

 そう考えていると、彼女はこちらを安心させるように言うのだった。




「大丈夫ですよ。これを呑めば、たいがいの傷はふさがりますから」




 ――いや、それなんてポーション?

 僕は朝倉さんの言葉に思わずツッコミを入れそうになりながらも、しかし覚悟を決めるしかないと理解した。そして、せめてもの抵抗にと、鼻をつまんで一気に薬品を煽るのだ。

 すると、



「お、おおおおおお!?」



 信じられないことが起こった。

 身体の内側から、いままで感じたことのない気力が満ちてくる。

 それと同時、薬品によってできた火傷のようなものは、あっという間に治ってしまった。まさに魔法のような出来事に、僕が呆けていると朝倉さんは安堵したように言う。




「ふぅ……『あちら』の知識が、役に立ちました」

「(『あちら』って、どこですか……?)」




 あえて口にはしなかった。

 だが、僕の中での朝倉さんは普通からさらにかけ離れたのだった。



 








「今日は本当にありがとう、朝倉さん!」

「い、いいえ! 私にできることをしたまで、ですから!」




 放課後になって、クラスメイトが散っていく中。

 僕は改めて朝倉さんに、化学準備室での出来事を感謝した。できることをした、と彼女は言っているが、常人にはできないことだよと告げるのは野暮だろうか。野暮かもしれない。

 そんなことを考えていると、朝倉さんは小首を傾げてこう訊いてきた。



「あの、ご迷惑でなければ一緒に帰りませんか?」

「ん、一緒に……?」



 思わぬ提案に、こちらはしばし硬直する。

 だけど、こんな機会を逃すのはもったいないのは分かっていた。



「朝倉さんの迷惑じゃないなら、もちろん喜んで」




 そんなわけで、僕たちは一緒に家路に就くことになったのだ。







「こっちは車があるから、注意しないといけませんね」

「(だから、こっちって……?)」



 夕陽に照らされる街の中を二人で歩く。

 長い長い坂を上りながら、朝倉さんがそのように言うので僕はまた内心でツッコんだ。相も変わらず彼女の素性は不明な部分も多いけれど、普通に話している分には可愛い女の子。

 その事実には、あえて目を瞑ることにしていた。

 だって彼女は発言もさることながら、こちらが恋愛感情を抱くには畏れ多い。



「私、変わっているので。話してくれる相手、少ないのです」

「そ……そんなこと、ないと思うよ……?」



 だけどごめん、朝倉さん。

 敬うような感情を抱いているのに、その点については否定できなかった。

 実際問題として朝倉さんは端麗な容姿に加えて、その浮世離れした行動や発言によってクラスでは浮いている。みんな嫌っているわけではないのだが、触れないでおこう、という暗黙の了解が広まってしまっていた。

 そんな彼女と言葉を交わすのは、決まって隣の席の僕。

 キッカケは忘れてしまったのだけれど、気付けば不思議なほど自然に話していた。



「だから、とても感謝しています。……私には、中学の友人もいないので」

「そう、なのかぁ……」



 ――どうして、友人がいないのか。

 それを訊ねてしまったら、妙な世界に足を踏み入れそうなので思い止まった。彼女の言い方を借りれば、僕はあくまで『こちら』の人間として朝倉さんと対峙したい。

 そんな勝手な決意を胸に抱いていると、彼女は数歩先を行ってこちらを振り返り、




「本当に、ありがとうございます! ――宮間天音くん!」




 そう、僕の名前を口にした。

 だけどその感慨に浸るより先に、




「危ない!」

「きゃっ!?」




 僕は急いで朝倉さんの手を引いて、その小柄な身体を抱きしめる。

 すると直後に、彼女のいた場所を自転車が猛スピードで通過して行った。



「気を付けないといけないのは、車だけじゃないよ……?」

「……は、はい」




 どうにも、この少女は目を離せない。

 放って置いたら、どこか違う場所へ行ってしまいそうで……。



「あ、あの……」

「……あ! ごめん!?」




 ずっと抱きしめていたことに気付き、僕は彼女を解放した。

 互いに無言になりつつ、しかしこちらは――。



「(やっぱり、普通の女の子……なんだよな)」




 たしかに伝った温もりに、顔が熱くなるのを感じていたのだった。




 





「ふぅ……また、助けられちゃった」




 ――宮間天音と別れてから。

 朝倉冴姫は一人で家路に向かって歩いていた。

 空を見上げると、そこにはもう薄紫の闇が広がり始めている。



「『あの日』も、そうだったよね」



 そんな景色に、少女は何かを思い出すように立ち止まった。

 そして、ゆっくりとこう口にする。





「私は普通の女の子じゃない。でも――」





 改めて決意を固めるようにして。





「天音くんのことが、大好き。……だから、バレちゃいけない!」




 胸の前で小さく拳を握りしめて。

 大きく頷いて、宵の明星へと向かって宣言するのだった。




「私が異世界から帰ってきた聖女だって、絶対に!」――と。





 おそらく、バレてないと思っているのは彼女だけなのだが。

 しかし冴姫へそれを指摘する者はいない。




 どうやら、二人のすれ違いは簡単に埋まらないように思われたのだった。



 



ここまでお読みいただきありがとうございます。

もし朝倉さんと天音くんの物語、その続きが気になりましたら下記のリンクより連載版へ。


少しでも面白い、続きが気になる、更新頑張れ。

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