第十二話 その炎は
新月の夜の海に浮かぶ船は、どれほど大きくても、陸地からは木の葉が浮いているような、ただの黒い小さな影にしか見えない。
そこに一隻あたり何百人もの人が乗り込み、何十隻もが武装して、明日になれば港湾都市プリアロッジアを目指し、戦争というものを始めるだろう。
だが、もうその心配はない。
「始めよう」
岬の櫓の上から、カンディールはアルバラフィ王国の艦隊を見下ろし——艦隊の上に白い光が現れたのを、見逃さなかった。
その光はゆっくりと落ちていく。そのすぐそばにあった船は、カンディールの目にはっきりと映った。天を突くような三本のマストと、側面にびっしりと構えられた数十門の大砲。帆が邪魔なほど船の上部を占領していて、人影は岬からでは見えない。
おおよその目標となる場所、それを意識しながら、カンディールは高らかに指を弾く。
大型帆船をそっくり飲み込むような、巨大な爆炎の火柱が上がった。
それは次々と、周囲の船にも起きる。マストよりも高く昇った火柱の次の瞬間には、爆音とともに大型帆船が内側から破裂して、何もかもが吹き飛ぶ。大砲の砲身が海面にぼとぼとと落ちる。だがすぐに他の爆音によってかき消される。
最初の大型帆船の火柱を中心に、六つの火柱が建てられ、風に乗ってすぐ近くにあった船にも火が移っていく。
そこへ、別の場所から大砲を撃つ音が無数に響いた。
アルバラフィ王国の艦隊の外側にいた船が、ニーロ海艦隊の襲撃を受け、一方的に沈まされていく。反撃に出ようにも、味方は混乱し、連絡など取れるはずもない。最初の一撃で、旗艦と思しき大型帆船は海の上で燃える破片となってしまっている。
カンディールはさらに指を弾いた。控えめな火柱がどんどんと増え、数える間もなく船を盛大に破壊していった。とうに火薬庫の扉は溶けて中身が何もかもを吹き飛ばし、戦争のために準備されていた砲弾は空しく海中へと姿を消す。その海域はすっかり煙で充満し、爆音と砲撃音だけが耳に残る。
カンディールは冷静に、一つ一つ、船を数えていく。残っている船の数、燃えている場所、それらを合わせると百近くにもなった。
一つ残らず、それらが消えるころには、夜が明けている。東の海の果てに太陽が顔を出すころには、強く吹く風が焦げ臭い木の燃える臭いと、硝煙の臭いを南の海へと押しやっているだろう。
その臭いがしっかりと南の大陸に届けば、アルバラフィ王国はきっと絶望するに違いない。そう考えると少しだけ胸がすく。
カンディールは櫓を降りた。
荷物を持って、岬から離れる。風に揺れる花畑が、そろそろ花を咲かせる。
カンディールは遠く北の王都にいる『王子様』へ、最後の挨拶を送る。
「さようなら。剣の名を持つ王子、イルデブランド。あなたは、復讐のために炎を振りまく女を愛してはいけない」




