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 仁見清春は幸せな人間だった。少なくとも彼自身は幸せであると確信している。そして、幸せだと実感出来ることほど幸せなことはないと、彼はよくよく理解していたのだ。

 清春にそう思わせる筆頭が、友人の存在だった。彼は友人に恵まれていた。高校で出会った友人とはもう九年の付き合いになり、その友人の恋人とも友情を築けていた。

 だからこそ、彼なりに祝福したいと考えている。


「友達が結婚するんだ」


 駅の構内を並んで歩きながら、清春はかつての同窓生である住吉雛子にそう告げた。

 中学の頃の清春は反抗期と言って差し支えなかった、と彼は自覚している。小学校六年生の頃に引っ越しをした清春は中学に進学してもその環境に慣れず、いつもどこか居心地の悪さを感じていた。細く、小柄で少女のようであった自身をからかおうとする同級生と関わるのがひどく億劫で、当時の清春は少なからず排他的な部分があった。


 そんな中学生活の中で、住吉雛子の存在は他の同級生に比べると少しばかり印象的だった。清春は幼い頃から人の視線に敏感だった。クラスで浮いていた自覚のある彼に対し、彼女の向ける視線は意外なほど好意的だったのである。


「その結婚祝いを買いたいんだけど、僕はそういうの分からないからなあ。悪いが、一緒に選んでもらえないかと思ってな」


 だからこそ、連絡先を交換し、こんな頼みごとをしようという気になったのだ。そうでなければ、彼は電車で乗り合わせたかつての後輩にでも同行を頼んだだろう。そうすれば、私だってお祝いを用意するのにどうして仁見さんの分まで、と文句を言われると容易く想像できるので、付き合ってくれた雛子に感謝の念が生まれる。

 ふと、清春は共に歩く雛子が無言であることに気付いた。俯きがちで、どうも顔色が優れないようにも思える。


「住吉?」

「え、あ!ご、ごめん!あの、結婚祝いだよね?」


 心配になった清春が足を止めて彼女の顔を覗きこめば、釣られて足を止めていた雛子が勢い良く顔を上げる。慌てた様子の彼女は、それから笑顔を浮かべて何がいいかな、と歩きながら考え込んでくれているようだが、どうにもその横顔がぎこちないように感じた。


「従姉妹が結婚したときはちょっと高価な食器とか、あと絶対使うアルバムとかも嬉しかったって言ってたよ」


 元々、中学生の頃から控えめで引っ込み思案なタイプであったと記憶している。返事をしようとしてどもってしまうことも、少なくなかった。けれど、そのときの彼女は恥ずかしげに頬を赤くしていたと思うのだが、今ほど暗い顔をしていただろうか。

 十年ぶりに再会したばかりの清春に、分かるはずもなかった。







 結婚祝いの品は、意外と早めに決まった。駅から直結している百貨店に向かい、地下一階のエレベーターに載って移動した。先にアルバムを見に行ったのだが、いまいち清春は釈然としない顔をしている。それならば、と今度は食器売場に向かった。

 そこでの清春は早かった。何をもらうと嬉しいか、と話して雛子がペアのパスタ皿とサラダボウルとかはどうかな、と意見を述べればじゃあそれにする、と即決してしまったのだ。

 そうして、彼が購入を決めたのは海外ブランドのシンプルなパスタ皿と、サラダボウルとしてでも何にでも使えそうな、特徴的な花のような柄の入った大皿だった。何故そのブランドを選んだのかと問えば、彼はあっさりとこう言った。


「嫁の方が好きそうだと思ったから」


 花嫁の方が喜べば問題ないらしい。そうであれば花婿である友人も満足と言った。雛子は花嫁の方とも仲がいいんだな、と思いつつ、優しいお婿さんか、或いはカカア天下気味なのかもしれない、と予想した。

 しっかりと贈答用に包んでもらい、その用事が終わったのは十七時半前だった。


「なあ、お腹空かないか?ちょっと早いけど、住吉が良ければ前言っていたように飯でも食おう」


 それは、雛子にとって願ってもない誘いだった。雛子は反射的に大きく頷く。すると、清春も笑みを深めて頷いた。


「何か苦手なものあるか?」

「大丈夫。あ、でも、レバーはあまり得意じゃないかも」

「あー、苦手な奴、結構いるよな。レバー」

「仁見くんは?」

「僕か?僕は何でも食べるぞ。コーヒーは嫌いだけどな」


 聞けば、苦いから嫌いらしい。飲むときはミルクも砂糖もたっぷり入れる、と清春が語った。どうやら甘党らしい。何気ない会話で、彼のことを一つ知ることができたと、雛子はとても嬉しい気持ちになった。


「居酒屋とかでいいか?あ、酒飲める?」

「ビールとか、苦いのは飲めないけど、チューハイとか、カクテルは好きだよ」


 何度か勧められて挑戦してみたことはあるが、雛子はどうしてもビールを好きになれなかった。年取ったら好きになるよ、と会社の先輩に言われたこともあるが、少なくとも今はジュースのようなチューハイやカクテルを飲んでいるときが一番美味しいと

思う。まだまだ味覚が子どもなのかもしれない。ちなみに雛子は、コーヒーは好きである。


「あ、そうなのか。ビール美味いのにな」

「ビールは好きなの?コーヒーは嫌いなのに?」

「コーヒーは嫌いなのに」


 清春は雛子の言葉を繰り返してそう答えた。彼女からすれば、ビールの方が余程苦いと感じるのだが。

 お店を探している様子でスマートフォンを操作していた清春は、画面から顔を上げて雛子に、どこか行きたいところはあるか、と問いかけた。それに雛子が逡巡すれば、彼女が何かを応えるよりも先に、一つ提案した。


「もしよかったら、この間結構美味い店見つけてな。特に行きたいとこなければそこに行こう」


 雛子は、清春と食事にいけるならばどこでもよかった。当然、彼女は迷いなく頷いた。





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