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仁見清春が女性と付き合うとき、その判断はいつも至極単純な理由によって成されていた。そのとき恋人がいるか否か、だ。余程の理由がなければ、付き合って欲しい、と言われれば二つ返事で頷いた。
清春は家でじっと一人で過ごすことが苦手だ。友人はそう多い方ではない。一人で出歩くことも好きだが、どうしても出来る事の幅が狭まるように感じる。そんな彼にとって、恋人がいる、という状況はなかなかに過ごしやすかったのだ。
清春は気さくな性格で目を瞠るほど整った容姿をしている。その為、告白をされることはけして少なくなかったが、同時に振られるのもいつも清春の方だった。三ヶ月もすれば、けして彼の心は手に入らないのだと、気付いた恋人の方から離れていってしまうのだ。
清春はこんなものだと思っていた。学生の頃の同級生など、もっと短いサイクルで別れる者もけして少なくなかった。彼の母親も奔放な性質で、清春は恋人付き合いなどそんなものだと思っている。その一方で、高校時代から親しくしている友人カップルを見ては、薄々間違っているのかもしれない、とは思っていた。改善しようと考えるには、些か誠実さに欠けていたが。
おそらく、自分は恋人付き合いというものが向いていないのだ。清春はいつもそう思っている。
住吉雛子の好意に応えたのも、同じ理由だった。そのとき彼には恋人がいなかった。それだけのことだった。
それでも彼女と過ごすことは、清春なりに楽しい時間だと思っている。雛子は引っ込み思案だが分かりやすく素直な性質であり、真っ直ぐに好意を向けられれば素直に可愛いな、と思えた。何より彼は、感心していた。十年も前の同級生のことを未だに覚えていたという彼女は、清春の考える誠実さを持ち合わせているのだ。
「うわっち!」
そんなことを考えながらカップ焼きそばの湯切りをしていた清春は、湯気にまともに触れてしまい、思わず声を上げた。火傷をするほどではないにせよ、湯気は結構熱い。失敗したな、と思いながら湯切りを済ませ、熱湯で排水口を傷めないようにと出しっぱなしにしていた水道を止める。そのあと、ソースとふりかけを掛けた。清春は料理が出来ない訳ではない。しかし、どうにも面倒で、カップ麺で手軽に済ませることは少なくなかった。
ワンルームマンションの自宅の、玄関のすぐ前にあるキッチンから、申し訳程度に扉一枚で隔てられている部屋部分に移動する。ローテーブルの上にカップ麺を置いて、テレビをつければ、どのチャンネルも『新春~』と銘打った正月特番が流れていた。これだから清春は正月があまり好きではない。特番ばかりであまりテレビを観ていても楽しくないからだ。子どもの頃は母親がご馳走を持って帰ることもあったが、今ではそういう楽しみもない。
適当にチャンネルを回していれば、駅伝の中継が流れていた。まだスタートはきっていないらしく、ランニング姿の選手たちの紹介が行われていた。清春は冬が苦手である。理由は至極単純明快で、寒いからだ。夏場は窓を開けてじっとしていればいいが、冷え込む冬は布団を被っても凍えそうになる。雛子の家のこたつを思い出して、恋しい気持ちになった。
選手たちの姿に寒そうだな、という感想だけ残してすぐにチャンネルを替える。
年末年始、連休を得た雛子は実家に帰っているらしい。彼女の住むマンションも実家もそう離れてはおらず、例年通り両親と妹と過ごすそうだ。清春もそう遠くない祖父母の家に立ち寄るように、と言われていたが、彼の方は一人の方が気楽であり、咎められるのをやんわりと断って今年も自宅で過ごしている。
カップ焼きそばを食べ終え、片付けもせずにローテーブルの上に空の容器を置いたままスマートフォンでパズルゲームをしていれば、メッセージアプリの通知が届いた。開いて見れば雛子からで、一月三日の予定を聞かれている。三が日は、清春の仕事も休みとなっているので、暇をしていた。素直にそう答えれば、すぐにまた返信が届く。
『一緒に初詣に行けないかな?二日の夜にはマンションに戻るから』
控えめな彼女らしい誘い文句だと思った。
『いいけど、実家でゆっくりしなくていいのか?』
思い起こせば、雛子は四日から仕事だと言っていた。それを思い出したからこそ、清春はそう問いかけたのだ。
すると、今度はしばらく時間を置いて、清春が一回パズルゲームを終えた頃、返信が届いた。
『会いたいんだけど、困る?』
彼女にしては珍しく率直な物言いに清春がわずかに目を瞠れば、その後続けて二度、三度と通知が届く。
『ごめん』
『変なこと言った』
『忘れて』
慌てている彼女の様子が、文面から浮かんでくるようだった。メッセージを送ってしまってから、ふと我に返って恥ずかしくなってしまったのだろう。清春は笑い声を漏らしてから、ゆっくりと彼女に返信した。




