プロローグ
九月になれば、途端に日暮れが早くなる。
日中の太陽は未だじりじりと照りつけるものの、冬の気配に追い立てられるように夜の訪れが早くなった。茜色に染まる空の向こうは眺める者の心をじんわりと秋へと誘い、夏の終わりを告げている。
部屋に届く光は心細い夕闇に阻まれ、空気にもひやりとした冷たさが混ざっているようだった。
そんな夕刻の部屋で、一人の男の子が目を覚ました。ふくふくとした肉付きがようやくほっそりとしたものに変わったくらいの年齢だった。彼は、身体を起こして真っ暗な部屋の中をきょろきょろと見回す。部屋には窓の側で寝転ぶ彼しかおらず、う、と小さな呻きのような声が漏れた。
「なんじ…?」
男の子はきょろきょろと時計を探して辺りを見回す。普段時計を置いているはずの方角を思い出し、彼の視線はそちらに向けられたが、どうもこの夕闇の中では時計の姿をはっきりと捉えることもできないようだった。
ひんやりとした薄暗い部屋にひとりぼっちの男の子は、途端に寂しくなって、心細くなって、服の裾をぎゅうと握りしめる。このまま泣いてしまいたかった。一人は寂しい、一人は怖い。顔をくしゃくしゃにして唇を噛む彼は、今にも泣きだしてしまいそうだった。
女の子のように可愛らしいとよく評される彼は、そのまん丸な瞳いっぱいに涙を溜め、けれど零してしまいそうな直前でぐっとそれを堪えた。
お母さんを困らせたくない。
彼の心にあるのはそれだけだった。未だ幼い子どもではあるものの、幼いからこそ純粋に、ひたむきに、彼は母親の為に堪えることを学んだ。大好きな母を困らせたくはないから。大好きな母に笑って欲しいから。だから彼は、懸命に強くなろうとしていた。
息を吸う。吸って吸って吸って、吐いた。不安な心を晴らす為に、自身を守ろうとするように、小さく身体を丸めてカーペットに額を擦り付ける。
彼は願うのだ。たった一つ、不安の降り積もる心の奥で、小さな希望のように大事に大事に温める。
褒めて、くれるかなあ。
彼は零れそうになる涙を、乱暴に服の袖で拭った。
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