第6話 アルパカの逆襲、ゆにうさぎちゃんの誕生
はてさて、今日も放課後の部室。
先日、ゆにちゃんに教室まで迎えに来られてからというもの、俺は出来るだけ手芸部に顔を出すようにしている。
その、なんていうか……わざわざ迎えに来るぐらい、俺に逢いたいと思ってもらえるのは……素直に嬉しいし。
あとは俺が部活に行かないと、近藤や男子たちに『今日は行かないのか……? あの子が待ってるんだろ……?』と生温かい眼差しを向けられるから、というのもある。
「ふんふん~♪」
現在、ゆにちゃんは俺の正面で鼻歌交じりにサマーセーターを編んでいる。
一方の俺はというと、スマホで動画を観ていた。
ゆにちゃんの邪魔になったらいけないので、音はオフにしてある。
それを眺めながら、俺は思わず唸ってしまう。
「うーん……」
思案顔でチラリとゆにちゃんを見る。
すると彼女は目ざとく気づいた。
「なんですか、春木先輩? わたしの顔に可愛い顔でもついてます?」
「顔に顔が付いてるって、ゆにちゃん、お面でも被ってるの?」
可愛いところは否定しないけど、とりあえず俺はツッコんでみる。
するとゆにちゃんは編み物を置いて、ちょっと得意げな顔をした。
「女の子は常に演技という仮面を被ってるものなんですよ?」
「え、じゃあ、俺が今話してるゆにちゃんも演技?」
「さあ、どっちだと思います?」
ゆにちゃんは長テーブルに肘をつき、手のひらにあごを乗せてアイドルの写真みたいなポーズで見つめてくる。
窓からのそよ風に揺れる、さらさらの髪。
陽光に輝く、透明感たっぷりの瞳。
俺だけに向けられた、優しげで魅力的な微笑み。
や、普通に可愛いからそんなに見つめられると、照れてしまうんだけど……。
しかし、俺の感想とは裏腹にゆにちゃんは突然、ぷくーっと頬を膨らませた。
「も~、こーんな美少女が一対一で見つめてるんですから、ちょっとぐらい照れてくれてもいいのにー」
「え、照れてたよ、俺?」
「いいえ、照れてません。春木先輩は普通に冷静です」
もう、とゆにちゃんは肩を落とす。
「そういうところがアルパカなんです」
「あ! そう、それそれ!」
「え、どれです?」
俺は思わず腰を浮かし、ゆにちゃんは目を瞬く。
その視線の先へ、俺は持っていたスマホをかざす。
画面に映っているのは動画サイトに投稿された、もこもこの白い獣の姿。
そう、アルパカである。
「俺、そんなに似てるかな!?」
今日、部室に来てからというもの、俺はずっとアルパカの動画を観ていた。
というのも、ちょくちょくゆにちゃんからアルパカ扱いされるからだ。
彼らは癒し系のもこもこボディとぼんやりフェイスが特徴的で、ぱっと見、何を考えているか分からない印象がある。
しかし俺は中肉中背だし、四足動物よりは表情豊かだと思うし、そんなに彼らと似ているとは思えない。
そんなことを考えながら動画をずっと観ていたのだけど、俺がスマホを見せた途端、ゆにちゃんは盛大に噴き出した。
「あはっ! ちょ……春木先輩、気にしてたんですか?」
「気にするよ、そりゃあ。俺だって一応、万物の霊長たる自負はあるからね?」
「その自負があるなら気にしなくていいと思いますけど。いや気にしては欲しいんです。欲しいんですけど、なんていうか、本当そこじゃないって言うか……ああ、やっぱり春木先輩だなぁ、っていうか」
クスクスと苦笑されてしまった。
えー、どういうこと?
ぜんぜん分からない……。
俺がこれ見よがしに不満いっぱいの顔をすると、ゆにちゃんは完全なからかいモードで言ってくる。
「じゃあじゃあ、アルパカの鳴き真似とかしてみて下さいっ。そしたら似てるかもしれませんよ?」
「いやいやいや、なんで俺の方からアルパカに寄せていくのさ? っていうか、アルパカってどう鳴くの?」
「あ、そういえば想像つきませんね」
「音量出してみる?」
俺も気になったのでスマホのサイレントモードをオフにした。
一緒に動画を観るためにゆにちゃんが長テーブルを回ってこっちに来る。
肩が触れ合い、長い髪からふわっといい匂いがした。
ちょっとドキドキしそうになってしまう……けど、冷静さを保って動画を再生。
画面のなかでアルパカは地面の草をはむはむしている。
しかしやがて食事が一段落したのか、のっそりと頭を上げた。
そして、一声。
「『ふぇぇぇぇ……』」
「「――っ!?」」
俺とゆにちゃんは噴き出した。
同時にガクッと力が抜けてしまう。
恐るべきはアルパカの鳴き声。
緊張感ゼロ。
危機感ゼロ。
聞いてるこっちが脱力してしまうような、ぼんやりボイスだった。
これはすごいな……っ。
戦慄している俺の横で、ゆにちゃんがぷるぷる震えながらリクエストしてくる。
「ほら、春木先輩、これですこれ。鳴き真似してみて下さい」
「やだよ!? それにこんなの再現不可能だよ!?」
「一回だけ! 一回だけ挑戦してみて下さい。万物の霊長の意地を見せると思って!」
「えー……」
正直、気は進まない。でも人類を代表するとなると、断るわけにもいかない気がしてきた。
「しょうがないなぁ……」
「やった!」
ワクワク顔のゆにちゃん。
俺はごほんと咳払いし、さっきの動画の感じで口を開く。
「ふ、ふぇぇぇ……」
「意外に似てるーっ!」
ゆにちゃん、大爆笑。
ええー、似てるかなぁ?
「春木先輩、もう一回! もう一回だけお願いします!」
「や、やだよ!? それにほら、次はゆにちゃんの番!」
アルパカものまねの回避のため、俺はゆにちゃんに水を向ける。
「わたしですか? でもわたし、アルパカには似てませんし」
「む、確かに……じゃあ、ゆにちゃんって何に似てるかな?」
「子犬っぽいとはたまに言われますけど」
「子犬かー」
確かに俺に怒った時のきゃうきゃう言ってる感じは、子犬っぽいかもしれない。
「あ、なにか失礼なこと考えてますね?」
「えっ!? 考えてない、考えてないよ!?」
ジト目で睨まれ、慌てて首を振った。
すごいな、ゆにちゃん。
たまに表情だけで俺が何を考えてるか、ピタリと当ててくる。
「うーん……」
考えを悟られないように窓の方を向き、俺は思案する。
確かにゆにちゃんは子犬っぽいところがある。
でも子犬の真似程度を要求しても、美少女パワーで可愛くさらっとこなされてしまうかもしれない。
何かないか。
他にゆにちゃんが似てる動物は何か……。
俺は彼女の方へ視線を戻し、じぃーっと凝視する。
「なんですかー?」
俺の視線を受け止め、余裕たっぷりに可愛く小首をかしげる、ゆにちゃん。
ゆにちゃん。
ゆにちゃん。
ゆにちゃん……。
「あっ」
閃いた。
「……うさぎ?」
「はい?」
「ゆにちゃん、うさぎに似てるかも」
「え、そうですか?」
「うん」
地団太踏む時とか、ぴょんぴょん跳ねてるし。
「つまり『ゆにうさぎちゃん』だね」
「ええと、そんな『雪うさぎ』みたいに言われても……」
呆れ半分のツッコみを華麗にスルーし、俺はアイドルのプロデューサーのごとく親指をグッと立てる。
「よし、じゃあ鳴き真似いってみよう!」
「いやいやいや、そもそもうさぎもなんて鳴くんです?」
「あ、確かに」
アルパカと同じく、うさぎも鳴き声がピンと来ない。
なので動画で確認しようと、スマホに手を伸ばしかけ……ふと俺は手を止めた。
また、閃いた。
「ゆにー……だ」
「は?」
「ゆにうさぎちゃんの鳴き声は『ゆにー』だよ!」
「あのー、尊敬する先輩にこんなこと言うのもアレなんですけど、頭壊れてるんですか? 首から上をアルパカに交換しますか? 今ならメーカー保証も効きますよ?」
「例えだとしても、もう少し手加減して……!」
真顔でツッコまれ、心が折れかけた。
でもここで倒れるわけにはいかない。
俺には万物の霊長たる意地がある。アルパカの真似をして、ゆにうさぎちゃんの真似をしないとあっては、アルパカたちに申し訳ない。
だから心をグッと強く持ち、交渉を開始する。
「一回だけ! ほら俺もやったし、一回は一回だから!」
「ええー……」
「ちゃんと手で耳の形も再現してね! ぴょんぴょんした感じで『ゆにー』だよ!」
「なにさりげなく要求アップしてるんですか!? も~っ」
俺が退かないと悟ったらしく、ゆにちゃんは困った顔で肩を落とす。
しかし先に一回アルパカをさせた以上、彼女も断りきれなかったのだろう。
最後には諦めた様子でうなづいてくれた。
「こんな恥ずかしいことしてあげるの、春木先輩の前だけですからね? ありがたく思って下さいね?」
そう前置きすると、ゆにちゃんはめちゃくちゃ恥ずかしそうに両手を自分の頭の上へ持っていく。うさぎさんの耳の形だ。
そして口を開こうとし……、
「う……」
羞恥の方が勝ったのか、頬を赤らめて口ごもる。
一方、俺は決して退かせまいと、すかさず応援。
「頑張れ、ゆにちゃん! ファイトだ、ゆにちゃん!」
「も、もう~っ……」
破れかぶれ、という顔だった。
そして、ゆにうさぎちゃんは鳴き声を上げる。
吹けば消えそうな小さな声と。
お辞儀のように揺れる長い耳を模した手と。
今にも沸騰しそうな真っ赤な顔で。
「……ゆ、ゆに~っ」
うわ、めっちゃ可愛い。
俺は思わず見惚れてしまった。
すると即座に彼女が叫ぶ。
「ちょ、なんで黙るんですか!? なんか言って下さいよーっ!?」
「あ、ごめんごめん! すっごい良かった!」
「ぜったいウソです! も~っ!」
半泣きでゆにちゃんは地団太を踏む。
「もう二度とやりませんからねーっ!」
そうやってぴょんぴょん跳ねる姿は、やっぱりちょっとうさぎっぽかった。
次話タイトル『第7話 葛藤のゆにちゃん、ギリギリで髪フェチを許容する』
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