7話 レイラを知る親族
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それから、三日経った日。
業務の一つである祭礼を神官たちと行った後だった。
ルカが後遺症から快癒したのを兼ねて、おれは神官を通じて白薔薇亭で販売をしている菓子やケーキを取り寄せてお祝いにすることにした。もちろん、人数分。一個ずつなんて依頼したら、全部ルカが食ってしまう。かなり奮発して、大量に購入。その分、神官にも金を結構握らせた。
「うっま――――い!!!」
ルカは大喜びでばくばくとフォークを動かし、上機嫌で菓子に食らいつく。
おれは苦笑いしながら、レイラに声をかけた。
「フォークは左。ナイフは右。真正面に皿がある。ティーカップは二時の方向。今は、ラズベリーのタルトを皿に載せてるけど……。どんな菓子が好き?」
「まあ、ありがとうございます。シュークリームのようなものはございますか?」
レイラは微笑み、迷いなくナイフとフォークを手に取った。
「シュークリームか……。それは今回、ないけど……」
「エクレアはあるよ。シュークリームとおんなじ種類だけど。嫌い?」
戸惑っていたら、ルカがチョコレートトルテに手を伸ばしながらレイラに尋ねる。
「好きです。では、ラズベリーのタルトを頂戴した後、ぜひ、それを」
的確におれの方に顔を向け、彼女は嬉しそうに笑う。
「了解」
おれは笑い、ティーカップを手に取った。
濃い目に煮出した茶葉だ。ルカは苦手なので、浅い段階でミルクを入れてサーブした。レイラの食の好みは比較的おれに似ているので、同じものをティーカップに入れている。
「日差しが気持ちいいですねぇ」
レイラはラズベリーのタルトを一口含み、天を見上げた。
その瞳に光はないが、夏の光を浴びて頬は桃色に輝いている。
可愛い娘だと、純粋に思った。
心が安らぐ娘だ、とも。
教会でずっと暮らしているから、同世代の人間はいないし、いたとしても魔力に耐え切れずに死んでいった。
神官は常に無表情だし、高齢の尼僧はおれたちを悪だと単純に思っている。なぜなら、若い尼僧がおれたちの容姿に簡単に惹かれるからだ。
それは、おれたちのせいなのか、と文句の一つも言いたいが、そこは堪える。ここで生きていくためには、不要な発言は控えるべきだ。ルカのためにも。
だから。
同年代で、くるくると表情を変え、忌憚ない意見を伝えてくれるレイラは、単純に好ましい。後遺症で苦しんでいる時、手を握ってくれたり、抱きしめてくれたことは、言葉に現わせないぐらい感謝している。
ルカは敵意むき出しで彼女に接していたが、満月の晩に塀の上で話し合って以来、態度を和らげている。少なくとも、「手のかかる妹」ぐらいの感じだ。
今も、この前約束した白薔薇亭の菓子を取り寄せる、とおれが伝えると、『レイラも呼ぼうよ』と言ってくれた。
別棟の中庭にテーブルセッティングしてくれたのもルカだった。
レイラは目が見えないが、ルカはまるで目が見えるように扱う。それが、レイラにとっても心地よいのだろう。時折、くだけた様子でルカに接している。
「これはなんというお店の商品なのでしょうか。本当に美味しいですね」
目を細めてレイラが言った。
「白薔薇亭のお菓子。超絶にうまいでしょ」
ルカが胸を張り、口元についたタルトを親指で拭って舐めとる。
「懇意にしておられますの? お仕事がお休みの時に通っておられるとか」
レイラは綺麗な仕草でタルトを食べきり、お茶を口に含む。
「行ったことはないけど、いっつも神官に買いに行ってもらってるんだ」
ルカはレイラの皿にエクレアを載せ、自分はカップケーキを手に取った。
「エクレア載せたよ。食べて」
ルカは言い、あんむ、とカップケーキにかぶりついた。
「神官たちが噂しててさ。めっちゃ美味しい菓子屋が出来た、って。だから、お駄賃を渡して買ってきてもらうんだ。とにかく可愛かったり、綺麗な菓子を全部、って」
「では、お店に直接伺ったことはございませんの? 見て、買う、とか」
おれとルカは顔を見合わせた。
「一回だけあるよ。任務……、仕事の帰りにさ。ちょっとだけ見に行ったんだ、ルイと。ね?」
促され、おれは頷いてお茶を飲む。
「夜だったから、当然閉まってたけど」
しん、と静まった街路にふたりで立ち、カーテンのひかれたショーウィンドウを眺めた。
客なんて誰もいない。それどころか店主や店員もいない。おれたちだけ。
きっと昼間なら、すごい行列なんだぜ、とか。
新商品とかがボードに書かれてるのかなぁ、とか。
店内で食べられるかも、とルカが窓に張り付いて中を覗こうとしたけど、結局見えなくて、「つまんない」とふてくされたこととか。
なんかそんなことを思い出していると。
「今度、一緒に参りませんか? 白薔薇亭に」
レイラが言う。
さくり、とナイフでエクレアを切り分けたところだった。
「時間をおいてもこのように美味しいのですもの。きっと、焼き立てを店内でいただいたら……、えーっと。ちょうぜつにうまい、ですわ」
ルカの真似をするから、おれとルカは同時に噴き出した。
噴き出して。
その後、結局何も言わなかった。
おれは笑い、ルカは「クッキーもあるよ。これが意外にいけるんだよねー」とレイラの皿にいくつか取り分けている。
おれも、ルカも知っている。
そんな日は、決して来ないことを。
だけど。
来ないんだ、って言うほど。
伝えるほど。
おれたちは空気が読めないわけじゃない。
「今朝のことなんですけれど」
レイラは何事もなかったように、エクレアを食べきると、またティーカップを手に取った。湯気をくゆらせるように顔をわずかに近づけ、目を細めて楽しんでから、おれとルカに交互に顔を向けた。
「わたくしの親族が見つかった、とかで……。二日後には、ここを発ちます」
「「え」」
おれとルカは同時に声を発したが、レイラは訝しがらずに微笑んでくれた。
「わたくしは名前も聞いたことのない苗字なのですが……。父を知っているらしく、以前に住んでいた家に戻してくださるとか」
「ちょ……、それ、本当?」
ルカがフォークを放り出してレイラの顔を覗きこむ。
「そのようです。神官さまがおっしゃっていました」
レイラは微笑むが。
おれとルカは、多分に懐疑的だ。
今まで数週間。レイラの身元はまったくわかっていない。
屋敷どころか素性や、下手したら「レイラ」という名前さえ本当なのかわからないほどなのだ。
それなのに。
どうして、いまさら……。
「どこの地区にいるって言ってた?」
おれが尋ねる。できるだけ自然に。レイラはお茶を飲み干し、愛らしく首を横に傾げる。
「ソレティとおっしゃっていたでしょうか……」
王国の北限だ。季節と言えば、冬しかない。そんなところでこんな娘が生きていたわけがない。
おれはルカと顔を見合わせる。向こうも大いに眉をしかめていた。
「おふたりには、本当によくしていただいて……」
レイラだけがにこにこ笑い、おれたちを交互で見る。
「このままお別れするのは、本当に心苦しく思っています。なので、ぜひ、わたくしがここを離れてからも、同じようにお付き合いくださいませね」
彼女は、春の陽だまりのような笑みをうかべてそう言ったが。
おれも、ルカも。
どう答えればいいか分からず、結局無言で菓子を喰った。




