表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月下のふたり  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/11

7話 レイラを知る親族

◇◇◇◇


 それから、三日経った日。

 業務の一つである祭礼を神官たちと行った後だった。


 ルカが後遺症から快癒したのを兼ねて、おれは神官を通じて白薔薇亭で販売をしている菓子やケーキを取り寄せてお祝いにすることにした。もちろん、人数分。一個ずつなんて依頼したら、全部ルカが食ってしまう。かなり奮発して、大量に購入。その分、神官にも金を結構握らせた。


「うっま――――い!!!」


 ルカは大喜びでばくばくとフォークを動かし、上機嫌で菓子に食らいつく。

 おれは苦笑いしながら、レイラに声をかけた。


「フォークは左。ナイフは右。真正面に皿がある。ティーカップは二時の方向。今は、ラズベリーのタルトを皿に載せてるけど……。どんな菓子が好き?」


「まあ、ありがとうございます。シュークリームのようなものはございますか?」

 レイラは微笑み、迷いなくナイフとフォークを手に取った。


「シュークリームか……。それは今回、ないけど……」

「エクレアはあるよ。シュークリームとおんなじ種類だけど。嫌い?」


 戸惑っていたら、ルカがチョコレートトルテに手を伸ばしながらレイラに尋ねる。


「好きです。では、ラズベリーのタルトを頂戴した後、ぜひ、それを」

 的確におれの方に顔を向け、彼女は嬉しそうに笑う。


「了解」

 おれは笑い、ティーカップを手に取った。


 濃い目に煮出した茶葉だ。ルカは苦手なので、浅い段階でミルクを入れてサーブした。レイラの食の好みは比較的おれに似ているので、同じものをティーカップに入れている。


「日差しが気持ちいいですねぇ」

 レイラはラズベリーのタルトを一口含み、天を見上げた。


 その瞳に光はないが、夏の光を浴びて頬は桃色に輝いている。

 可愛い娘だと、純粋に思った。


 心が安らぐ娘だ、とも。


 教会でずっと暮らしているから、同世代の人間はいないし、いたとしても魔力に耐え切れずに死んでいった。


 神官は常に無表情だし、高齢の尼僧はおれたちを悪だと単純に思っている。なぜなら、若い尼僧がおれたちの容姿に簡単に惹かれるからだ。


 それは、おれたちのせいなのか、と文句の一つも言いたいが、そこはこらえる。ここで生きていくためには、不要な発言は控えるべきだ。ルカのためにも。


 だから。

 同年代で、くるくると表情を変え、忌憚きたんない意見を伝えてくれるレイラは、単純に好ましい。後遺症で苦しんでいる時、手を握ってくれたり、抱きしめてくれたことは、言葉に現わせないぐらい感謝している。


 ルカは敵意むき出しで彼女に接していたが、満月の晩に塀の上で話し合って以来、態度を和らげている。少なくとも、「手のかかる妹」ぐらいの感じだ。


 今も、この前約束した白薔薇亭の菓子を取り寄せる、とおれが伝えると、『レイラも呼ぼうよ』と言ってくれた。


 別棟の中庭にテーブルセッティングしてくれたのもルカだった。


 レイラは目が見えないが、ルカはまるで目が見えるように扱う。それが、レイラにとっても心地よいのだろう。時折、くだけた様子でルカに接している。


「これはなんというお店の商品なのでしょうか。本当に美味しいですね」

 目を細めてレイラが言った。


「白薔薇亭のお菓子。超絶にうまいでしょ」

 ルカが胸を張り、口元についたタルトを親指で拭って舐めとる。


「懇意にしておられますの? お仕事がお休みの時に通っておられるとか」

 レイラは綺麗な仕草でタルトを食べきり、お茶を口に含む。


「行ったことはないけど、いっつも神官に買いに行ってもらってるんだ」

 ルカはレイラの皿にエクレアを載せ、自分はカップケーキを手に取った。


「エクレア載せたよ。食べて」

 ルカは言い、あんむ、とカップケーキにかぶりついた。


「神官たちが噂しててさ。めっちゃ美味しい菓子屋が出来た、って。だから、お駄賃を渡して買ってきてもらうんだ。とにかく可愛かったり、綺麗な菓子を全部、って」


「では、お店に直接伺ったことはございませんの? 見て、買う、とか」

 おれとルカは顔を見合わせた。


「一回だけあるよ。任務……、仕事の帰りにさ。ちょっとだけ見に行ったんだ、ルイと。ね?」


 促され、おれは頷いてお茶を飲む。


「夜だったから、当然閉まってたけど」


 しん、と静まった街路にふたりで立ち、カーテンのひかれたショーウィンドウを眺めた。


 客なんて誰もいない。それどころか店主や店員もいない。おれたちだけ。


 きっと昼間なら、すごい行列なんだぜ、とか。

 新商品とかがボードに書かれてるのかなぁ、とか。

 店内で食べられるかも、とルカが窓に張り付いて中を覗こうとしたけど、結局見えなくて、「つまんない」とふてくされたこととか。


 なんかそんなことを思い出していると。


「今度、一緒に参りませんか? 白薔薇亭に」

 レイラが言う。


 さくり、とナイフでエクレアを切り分けたところだった。


「時間をおいてもこのように美味しいのですもの。きっと、焼き立てを店内でいただいたら……、えーっと。ちょうぜつにうまい、ですわ」


 ルカの真似をするから、おれとルカは同時に噴き出した。

 噴き出して。


 その後、結局何も言わなかった。


 おれは笑い、ルカは「クッキーもあるよ。これが意外にいけるんだよねー」とレイラの皿にいくつか取り分けている。


 おれも、ルカも知っている。

 そんな日は、決して来ないことを。


 だけど。

 来ないんだ、って言うほど。

 伝えるほど。


 おれたちは空気が読めないわけじゃない。


「今朝のことなんですけれど」


 レイラは何事もなかったように、エクレアを食べきると、またティーカップを手に取った。湯気をくゆらせるように顔をわずかに近づけ、目を細めて楽しんでから、おれとルカに交互に顔を向けた。


「わたくしの親族が見つかった、とかで……。二日後には、ここを発ちます」

「「え」」


 おれとルカは同時に声を発したが、レイラは訝しがらずに微笑んでくれた。


「わたくしは名前も聞いたことのない苗字なのですが……。父を知っているらしく、以前に住んでいた家に戻してくださるとか」


「ちょ……、それ、本当?」

 ルカがフォークを放り出してレイラの顔を覗きこむ。


「そのようです。神官さまがおっしゃっていました」 


 レイラは微笑むが。

 おれとルカは、多分に懐疑的だ。


 今まで数週間。レイラの身元はまったくわかっていない。


 屋敷どころか素性や、下手したら「レイラ」という名前さえ本当なのかわからないほどなのだ。


 それなのに。

 どうして、いまさら……。


「どこの地区にいるって言ってた?」


 おれが尋ねる。できるだけ自然に。レイラはお茶を飲み干し、愛らしく首を横に傾げる。


「ソレティとおっしゃっていたでしょうか……」


 王国の北限だ。季節と言えば、冬しかない。そんなところでこんな娘が生きていたわけがない。


 おれはルカと顔を見合わせる。向こうも大いに眉をしかめていた。


「おふたりには、本当によくしていただいて……」

 レイラだけがにこにこ笑い、おれたちを交互で見る。


「このままお別れするのは、本当に心苦しく思っています。なので、ぜひ、わたくしがここを離れてからも、同じようにお付き合いくださいませね」


 彼女は、春の陽だまりのような笑みをうかべてそう言ったが。

 おれも、ルカも。

 どう答えればいいか分からず、結局無言で菓子を喰った。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ