表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月下のふたり  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/11

6話 守護天使の鉄格子

◇◇◇◇


「ってかさー。おかしくない?」


 声が上から降ってきた。

 おれはしゃがんだまま、顔を上げる。


 塀の上にはルカがいて、ぷらぷらと脚を揺すっていた。その背後には、頂点まで昇った満月がいる。煌々とルカの髪を照らしていて、魔力を使っていないのに眩しい。


「おかしい、ってなにが?」

 おれは再び手元に視線を落とした。


 側溝を流れる水で、ざぶざぶと刀身を洗う。ズボンのすそをまくり上げ、足を浸しているせいか、さっきまで暑かったのに、今は涼しいぐらいだ。壕から流れる水なんだが、今日は堰を大きく開けているのかもしれない。かなりの水流だ。足の指や甲を撫でていく水が心地いい。


「もう、二週間は過ぎてるよ? なんで身元が割れないのさ」


 今回の任務は、ルカが魔力を発動させている。

 さっき、互いに血まみれの手や顔を側溝の水で洗ったところだ。


 おれは真面目に剣や鉤爪バグ・ナクについた血なんかも処理していたのに、あっちは早々に飽きて教会の塀に上ってしまった。


「レイラのこと?」


 夜も更けたこんな場所で聞こえるのは、水音と虫の声ぐらいだが、若干おれは声を潜めた。


「そう。いくらなんでも普通はわかるでしょ」

 ルカは組んだ足に頬杖をつき、口を尖らせる。


「どこのお嬢さんなんだか」


 呟きに、おれは無言でうなずいた。

 当初、レイラの家族か、せめて親戚ぐらいはすぐにみつかるだろう、とおれも神官たちも考えていた。


 どう考えても高位のお嬢さんだ。本人は、目が不自由なせいで家の特徴や場所がまったくわからないようだが、それでも、誘拐した貴族たちをたどって行けば、絶対に身元は判明する。


 そう高をくくっていたのに、まるで分らない。


「あれも不可解だったんだよなぁ、ほら、あの呪殺しようとしたやつら」


 ルカが独り言ちる。

 おれは道具を振って水気を飛ばし、地面に放り出したままの手拭いで丁寧にふき取って行く。


 そうなのだ。

 貴族たちが数人、死んだ。


 猊下げいかを呪殺しようとしていた、という後ろ暗さがあったとしても、いきなり死んだのだ。


 教会が殺したんだ。

 そう糾弾するんだと思っていた。だいたいおれたちは顔を見られている。


 その場合は、堂々と「猊下の命を狙おうとしたため、先手を打った」と教会本庁は発表しようとしたのに。


 貴族たちが公表したのは、「集団食中毒」だった。


 宴席に提供されたサラダに毒草が混じっていた。苦しみ抜いた末に、みな亡くなった。


 そう、発表したのだ。

 王家にも報告し、それは受理された。その後、慎ましい葬儀の依頼を教会にまで依頼してきたという。


 拍子抜けした、というのはこういうことを言うのだろう。

 教会としても、「いやいや。うちの暗殺者が殺したんだろ?」と敢えて言うこともないので。


 あっさりと「集団食中毒」ということで死亡診断書を受理し、葬儀を終えたところだ。


「生き残りもいてさ。ぼくたちの顔も見てるってのに、この対応。変じゃない?」

「変、だな」


 おれは道具を鞄に放り込む。ついでに側溝からあがり、道具を拭いた手拭きで自分の脚も拭う。


「レイラの親のことだけど。……まあ、どこかの貧乏貴族とかじゃないのか? カネに困って売ったんだろう」


 おれは靴に足をつっこみ、適当に言う。


「そんなわけないじゃん。誘拐されるまで、メイド長と執事長がいるところで生活してたんだよ?」


 ああ、そういえばそんなことを言っていたな。道具や手拭きを入れた鞄を背中に背負い、剣を鞘に戻す。


「まあ。身元がわからないんなら、このまま教会にいてもらったらいいんじゃないか?」


 目が見えないせいで、幽閉されたような生活を送っていたようだ。外聞もあり、親元では育てられなかったのだろう。ただ、全般的に躾はよくなされており、言葉遣いも問題ない。


「随分と気に入ってるんだね」


 冷ややかな声におれは顔を上げる。

 塀の上では、仏頂面のルカがおれを見下ろしていた。


「気に入っている、というか……。放っておけないだろ」

 苦笑した。


 拾ったものの、手間がかかるから捨てます、とはいかない。子猫でも子犬でも、手を差し伸べたのなら最後まで面倒をみたい。


「いっつも一緒にいるもんねー。空いた時間、あの子、すぐルイのところに来るしさ」

「おれといっつも一緒にいるのは、レイラより、お前だろ」


 あきれて見せるが、ルカの青い瞳はどんどん冷たさを増す。


「今までは、ルイの側にいるのはぼくだけだったのに」

「人が増えたってかまわないだろう」


「なにそのいい方。じゃあ、ずっとあの小娘がいるみたいじゃん」

「いや、だから身元がわからないんだから仕方ないだろう」


「尼僧院に行けばいいじゃない」

「このままなら、そうだろう?」


 そりゃ、教会本庁には尼僧もそれなりにおり、目が不自由なレイラの生活全般の世話をしてくれるが、ずっと、というわけにはいかない。やはり教会がレイラの面倒を全面的に支援するのなら、尼僧院に移送させるべきだろう。


「そのとき、ルイも出ていくの?」

「なんでだよ」


 おれは尼さんじゃない、と笑ったのに。

 塀の上に座るルカの顔は冷ややかだ。


 いや。

 強張っているのだ、と気づいたのは、数秒後。


 泣き出す寸前のような顔で、肩を強張らせている。


「ルイ、気に入ってるもんね、あの小娘のこと。出てくんでしょ、ここ。ぼくのことなんて放っておいてさ」

「ルカ」


 おれはあきれて、弟の名を呼ぶ。

 だけど、ルカはとうとう泣き出して、ぐしぐしと丸めた拳で自分の顔を擦り続けている。ああもう、面倒くさいな。


 おれは忘れ物がないか確認をして、それから改めて塀を見上げる。


 ……ちょっと高いな。

 魔力を発動したら、一息でいけるが……。まあ、よじ登ればいいか、とおれは塀を形作るレンガとレンガの隙間に指をかける。ロッククライミングの要領でつま先を乗せ、よいしょ、と腕で身体を引き上げる。剣を腰につけていたせいで、がちゃがちゃとやかましかったが、まあ、なんとか塀の上でルカと並んだ。


「泣くなよ、ルカ」


 同じように腰をかけ、ぶらぶらと脚を揺する。ついでに頭を撫でるが、「さわんな、裏切り者」と唸られた。


「おれもさ、調べてみたんだ。いろいろ」


 ぐずぐずとまだべそをかくルカを一瞥し、おれは夜空を見上げた。


 大きな満月だ。空気が澄み渡っているからだろう。天の川まではっきりと見えた。


「レイラが閉じ込められていた檻。あれ、どう考えても何人も使用されてただろう? だったら、そっちから何かつかめないかな、と思って」


 生贄なんて、そうそう用意できるものじゃない。本人たちはうまくやっているつもりでも、結構足がつく。


「みんな、貴族の庶子だ」


 呪殺を目論んだ貴族たちの周辺で探りをいれると、すぐに数人の失踪者がみつかった。


 驚くことに、みな、高位の子女だ。

 だが、庶子だ。貴族の男が他所に産ませた娘たちばかりだった。


 隠すように育てられていた、と聞く。

 行方不明になってはいるが、どこもほっとしていた。娘なら、社交界デビューがある。醜聞になる前に姿を消してくれたのだ。やれやれとばかりに胸をなでおろし、中には『あの女の子だ。きっと男を作って逃げたのだろう』とまで言ったやつもいた。


「レイラも貴族の子なんだろう」


 ただ、庶子ではない気がする。

 目のことがある。そのせいで、世間から隔絶して育てたのだろう。


 貴族の子だ。おれたちみたいな孤児の双子じゃない。


 レイラが生贄になんてされなかったら、おれらとレイラの人生が交錯することなんてなかった。


 レイラと、おれたちは違う。

 おれもルカも、教会ここしか知らない。ここしか、生きられない。


 だけど。


「彼女はこの塀を超えて、どこへだって行ける」


 おれは足元を見下ろした。

 教会と、下界を区別している塀。


 日の光が照らしている間は、決して自由に出入りなんてできない塀の向こう。


「だから、見送ろう。ルカ」


 おれは弟の肩を抱く。えぐえぐと泣きながら、ルカはおれにもたれかかった。


「おれはどこにも行かない。ずっとお前の側にいる」


 この、塀の内側に。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ