3話 脱出
「ルカ、レイラを連れて窓際に移動してて」
おれが指示すると、いやだ、とばかりに無言で睨みつけて来る。
「今度、好きなだけ白薔薇亭の菓子を喰わしてやるよ」
「……約束、忘れないでよっ」
吐き捨てるなり、むんず、とレイラの腕を掴んだ。
優しさとか気遣いとか、ましてや「こっちだよ」という声掛けなどまったくない誘導の仕方だったが、レイラは大人しくルカに連れられて行く。
「守護天使さま、お名前は?」
「ルカ。ってか、つまづくなよっ。面倒だなっ」
「すみません。なにか、やわらかいものを踏んでしまいまして……」
「死体だから大丈夫」
「まあ。……で。あちらの守護天使さまは?」
物騒な会話を続けていて、おもわず噴き出したが。
レイラがおれの方に顔を向けたので、「ルイだ」と答える。
同時に。
勢いよく扉が開かれた。
「……なっ。これは……」
先頭の男が室内を見て声を漏らすが。
おれは二歩で近づき、左足を男の首に叩きつけた。
めき、と木が軋むような音に続き、男が床に頽れるのを視界の隅で確認し、左足を床に着ける。同時に、身体を半回転させて右足を回しきる。
不用意に室内に踏み込んだ男の顔面に、踵をめり込ませた。
「こいつ……っ!」
ふたり目の男を倒した途端、三人目はさすがに抜刀して向かってきた。
おれは回し蹴りをした右足を軸にし、身体を逸らせて後転する。
宙を身体が半回転するうちに、扉周辺の男たちを探った。
三人。
いや、四人か。
着地し、上段で斬りかかる男と向かい合う。
つま先に重心をかけ、上半身を傾ける。
ふ、と。知らずに呼気が漏れた。
力が抜けるいい証拠。
加速無しに、一歩で男の間合いに入る。
ぎょっとした男の顔は、おれがやつの右拳に手刀を叩き込むことで、苦悶の顔に変わる。聞きなれた骨折音。ぎゃあ、と男が叫んで蹲る。その背を台にし、跳躍した。
背後で剣を構える男の顔を自分の腹で隠すように抱き着き、そのまま床に着地する。
ごん、と後頭部を床に強打した男は、そのまま動かなくなった。
立ち上がり際。
茫然と立ちすくむ男の腹に肘鉄を食らわし、床に転がす。
「いち、にぃ、さん……。あと、ひとり」
のんびりとしたルカの声が背後から聞こえてくる。はいはい。わかってるって。
さて、と。おれは棒立ちの男を見た。
「ひぃ!」
目が合った瞬間悲鳴をあげられる。ルカじゃないけど、失礼な奴だな、とは確かに思った。だけどおれは弟とは違う。兄だ。いきなり殴ったりはしない。
「天の国にようこそ。扉の前まで案内しようじゃないか」
おれが微笑むと、男は大声をあげて尻込みをした。
「しゅ……、守護天使か……っ!?」
あちゃ、これは逃げるかな、と思ったら、手刀で右手を粉砕した男が床をのたうちながら怒鳴った。
「逃げるな! 捕縛しろ!」
うるさいな、とおれは踏みつける。ぐふ、と肺の空気を吐き出して男は失神した。骨折して痛かったろ? これでもう無痛だ。
「わ……っ。わああ!」
最後の男は闇雲に大声をあげて剣を振り回してくる。
もう、めちゃくちゃだ。
バックステップで剣を躱すが、行動パターンが読めない。
仕方ない。
しゃがみこんで相手の懐にもぐりこみ、床に手をついて、相手のくるぶしめがけてローキックを打つ。
上ばかりに気を取られていたからだろう。男はあっさり転倒したから、首に手刀を打って気絶させた。
「さて。お待たせ」
おれは振り返り、窓際にいるふたりに笑いかけた。
「逃げよう」
「全員、とどめ刺さなくていいわけ?」
つまらなそうにルカが尋ねる。「そう……、だな」。呟いた時、おれの耳も、それからどうやらレイラも同じものが聞こえたらしい。
「たくさんの足音が聞こえますわね」
「この人数は……、ちょっと厳しいな」
おれはふくれっ面を作るルカを促す。さっさと逃げるに越したことはない。あとは教会に片づけをしてもらえばいい。
「命じられたことはした。出るぞ」
「へいへい」
それから、レイラに近づく。
「ここ、二階なんだ。飛び降りるから、ちょっとだけごめん」
そう断りをいれ、彼女を横抱きに抱き上げた。
「えー。ねー。ぼくはー?」
「ルカはこれぐらい、ひとりで飛び降りれるだろう?」
「ぼくも抱っこがよかったー!」
「なんだよ、もう。じゃあ、おれの背中にしがみつけよ」
「おんぶはやだ! だっこ!」
「では、わたくしがルイさまの背中にしがみつきますので、ルカさまは抱っこで……」
「いや、余計な気を遣わなくていいから」
「だっこ! だっこ! だっこ! だっこ!」
「わがまま言わないっ! ちゃんとする!」
おれは双子の片割れを叱りつけ、レイラを抱きかかえたまま、二階の窓から夜の闇に飛び出した。




