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第三話 珍しいモノ


 背中に付けた背負い袋の、肩ひもを担ぎ直して見やるのは、しっとりと湿った砂浜と、その先に広がる海岸線。

 ここは、エイビルムからずっと北東。一度私の家まで戻り、そこからさらに森を抜けた先にある浜辺です。

 薄く霧がかった砂の道は、北から緩やかに東へ向けて続いています。確か、このままずっと東へ行けば、巨大な遺跡群に囲まれた、大きめのキャンプがあるのでしたか。

 遺跡に囲まれたキャンプ。実に冒険者心をくすぐられる響きですが、遺跡には凶暴な魔物が数多く棲んでいるらしく、今の私では行くことは出来ません。


「よいしょっと」


 私は引いて来た荷車を旋回させ、東側を向きます。このまま遺跡まで歩いていくわけではありませんが、今からこの砂浜を東に進み続けることには違いありません。

 というのも、今回の依頼は


『北東の海に多数の漂流物が流れ着いているそうだ。荷車を貸し出すので、できるだけ多くの漂流物を集めてきてほしい』


 といったものなのでした。はっきり言ってただのゴミ拾いに近いですが、駆け出しの冒険者が一人で受けられる依頼なんてそんなものです。それでも今回の報酬は悪くない上に、珍しいモノを持ち帰れば追加報酬を支払うとも書かれていました。


 なんでも、海岸に多数の漂流物が流れ着いたのは、最近この海で起こった嵐が原因なそうなのです。漂流物の大半は、北の山岳を超えた先にある、漁村のものだろうとマスターは言っていました。


 ですが、北東の海と言えばやはり、東にある遺跡群が頭に浮かびます。

 北東の海で嵐があったと言うことは、遺跡群の方からも何かが流れ着いている可能性はあるのではないでしょうか?

 そして、依頼主の言う珍しいモノとは、そのように遺跡群から流れてきたモノのことなのではないでしょうか?


 遺跡には、大昔の魔道具や、武具なんかが眠っていることがあると聞いたことがあります。流石にそんなものが都合よく海岸に流れ着いているとは思いませんが、運が良ければ遺跡の破片くらいは見られるかもしれません。


 そうした予想の数々は、根拠も無い、私の勝手な空想に過ぎません。

 ですが、例えただの空想でも、少しのやる気には繋がるものです。


「今日は頑張らないと!」


 やる気は十分。私は自分にそう言って、元気よく荷車を引き始め……


「重……い……」


 数時間後、特に何事も無いまま、漂流物で七割ほどが埋まった荷車を引いていました。荷車の中身は、折れた釣り竿に、漁業用の網らしきものの残骸、大量の木片に、蓋の無いタル、割れたタル、原型を保っていますが中身を覗いて後悔したタル……等々、とても遺跡から流れ着いたようなものには見えない漂流物ばかりです。


 初めの内は特に苦労はありませんでしたが、漂流物を何度も荷車に積んでいると疲れが溜まりますし、砂浜の上で荷車を引き続けるだけでもかなりの重労働です。

 唯一の救いは、砂が湿って固くなっている事でしょうか。

 それでも、ずっと休み無しでこんなことをしていては体が持ちません。


「はぁ……ちょっと休憩……」


 私はため息と共に荷車を離し、丁度目についた流木の上に座り込みます。


「これもきっと、必要な下積みなんですよね……」


 霧がかかり、真っ白になった空を見上げながら、そうやって思い返すのは、冒険者を目指してみたいと思った、あの日の記憶。

 お金や名誉や人脈や、肉体的な強さ(バイタリティ)や強靭な精神力。そのどれもを、同時に得られる可能性に秘めていて……それでいて、どれか一つを追い求めるには、とんでもなく非効率的な手段。それが冒険者というお仕事なのだと思います。

 各々によって目的も、野望も理想も異なるはずですが……そんな中でも私が憧れたのは、もっともっと不器用でどうしようもない優しさに溢れた、あの人の背中でした。


「師匠……。今も、元気にしていますか?」


 あの人が聞いているはずもないのに、空を見上げて思い返してしまいます。緑色のフード付きマントを身につけ、その中にサラサラとした金髪を伸ばし、その顔にはいつも、どうしようもなく柔らかな微笑を浮かべていた、私の師匠。

 思えば彼女も、私と同じ癒術師でした。私に魔術と優しさと、冒険者として生きる道を教えてくれた……かけがえのない、私の師匠。


「あなたからもらったこの帽子も、結構くたびれてきちゃいましたよ……っと!」


 言いながら勢いを付けて立ち上がり、パッパと手のひらを擦りながら、羊毛のギャンベソンに付いてしまった砂を払います。そうして私はまた、背負い袋の肩ひもを握って、仕事に戻る準備をしました。


「今日のお仕事もあと少しです! あともうちょっとだけ頑張れ私!」


 自分で自分に喝を入れ、荷車の前に戻ります。ひとまず今日の目的は、マスターからもらったこの依頼を、完膚なきまでに成し遂げること。今日はひとまずただそれだけを、前を向いて頑張ると決めたのです。だから私は、再び荷車を引き始めます。


「……うん?」


 しかしながらそうやって、少しだけ進んで気が付きました。いつの間にか、先程まで座っていた流木が見えなくなるほど、霧が濃くなってしまっていました。

 浜辺に着いてからはずっと海岸沿いに進んでいますし、目印も立てておいたので、帰り道がわからなくなるということは無いでしょう。

 しかし、このまま進んでいけば、目の前に落ちているものすら見えなくなってしまうかもしれません。


「そろそろ……引き返したほうが良い……かも?」


 一応、依頼の報告期限までには、まだ何日か余裕があります。

 日没まであとどのくらいなのかは分かりませんし、野宿をしたくなければそろそろ引き返すべきかもしれません。

 ですが、もう少し漂流物を拾えば、今日中に依頼も達成できるわけで……


「……まあ、もう少しくらい何か拾ってからでも……遅くないですよね?」


 答える人はいませんが、私はその言葉通り行動することにしました。

 とは言え、濃霧の中で漂流物を見つけるのはそう簡単ではありませんでした。しばらく歩き続けましたが、漂流物と言えるような物は、何も見つかりませんでした。


「……やっぱり引き返そうかな……って、うん……?」


 依頼の続きは明日にして、今日は一度、家に帰ってしまいましょうか。

 そんなことを思い始めた頃、ふと、霧の中に何かの影が目に入りました。


「船……?」


 荷車を近づけて見えたのは、船ともソリとも言えそうな、半月状の木材の塊でした。

 どう見ても自然の物には見えません。漂流物で間違いないでしょう。

 あのサイズなら荷車の積載量ギリギリと言ったところでしょうか。

 なんにせよ、アレを積めば満杯になること間違いなしです。持ち上げるのは大変そうですが、積んでしまえば今日は帰ることができます、

 結局珍しいモノは見つかりませんでしたが……それはまあ、元から期待していたわけでもありませんから、別にいいでしょう。


「よいしょっと」


 私は荷車を小舟の横に着けます。そのまま荷車の裏に回って、積んだ漂流物の位置を調整し、小舟を載せるスペースを作りました。あとはこの船をがんばって積むだけ。

 そう思って、小舟の縁に手をかけた瞬間のことでした。

 軽く覗き込んだその視界に、謎の大きな黒いものが映ります。


「うわぁ!?」


 小舟に何かが載っているのに気付き、思わず後退ります。それどころか、体勢を崩してしりもちまでついてしまいました。載っているのが普通の物、タルか何かだったならそこまで驚くことはありません。そこにあったのはもっと別の……そう、あえて言い表すのなら……


「もじゃ……もじゃ……?」


 黒と茶色のもじゃもじゃ。真っ先に思い浮かんだのは熊ですが、熊にしては小さいですし、そもそも小舟に熊が乗っているなんて意味が分かりません。となると、新種の魔物か何かでしょうか? 私は杖を背中のカバンから、木製の両手杖を取り出し、先の方を持って、もじゃもじゃの、黒い部分をつつきます。


「…………」


 もじゃもじゃは答えません。死んでいるのでしょうか?

 そう思って、杖でもじゃもじゃの黒い部分を慎重に撫でます。


「あれ?」


 その結果、もじゃもじゃの下から覗いたのは白いもの。

 正確には、白に近いですが、少し肌色がかった……

 うつ伏せになった横顔が、黒い髪の下から覗きました。


「ひ……と……!?」


 それは、私よりほんの少しだけ背丈の高い、毛皮をまとった男の子だったのです。


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