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第二話 幸薄金欠銀髪少女

 横向きの視界でラウンドテーブルに突っ伏し続けて、おそらく数時間が経ちました。

 掲示板の中の人混みは完全にどこかへ消えてしまって、ギルドの中も随分と静かになっているのに、私は数時間前と同じように、テーブルに突っ伏し続けているのです。


「つつ、もたせ…………つつ、も……」


 美人局。その言葉の意味が、分からない私ではありません。

 主には『釣り餌役』の女性が男性をたぶらかし、何らかの弱みを握った上で、後から現れた『脅し役』が相手の男性を恐喝し、金品などを巻き上げる犯罪の手口。

 ハロウェは私がその『釣り餌役』に見えると、そういう風に言っていたのです。


 酷いことを言われたと、少しくらい愚痴を言ってもいいのかもしれません。

 ですが例え、ハロウェの言っていたことが的外れで、全く別の理由があるのだとしても、彼女の理論を否定できないのが、私の現状です。

 ですが私には、そんな愚痴を言えるような相手すら居ないのが現状で……


「ハァ……。どうしたー、そこの四角帽子ー。幸薄金欠銀髪さちうすきんけつぎんぱつ少女ー」


 横倒しになった視界の端から飛んでくる、ため息混じりの呆れ声。

 どう考えても言い過ぎですが、確かに聞き覚えのある声です。

 特に、ここ最近は毎日連続で聞かされている声色です。

 もはや、声の正体を確かめる必要もありません。だから私は『あぁ』だか『うぅ』だか分からない呻き声だけで、彼の呼びかけに答えます。

 そうすると、信じられないほど大きな、わざとらしいため息と共に、視界の端からコツコツと足音が近づいてくるのがわかりました。

 それは私の丁度『頭上』で止まって、またしても大きなため息をつきました。


「起きろ寝坊助」


 同時にぽふんと、頭の帽子が潰れる感触。鷲掴みではないようなので、軽くチョップでもされたのでしょう。人が落ち込んでいるというのに、本当に遠慮のない人です。

 いい加減目を向けないのも失礼かと思って見上げてみれば、やはりそこに映るのは、予想通りの制服でした。

 光沢のある栗毛の短髪。高身長で、恵まれた体格の上に、白を基調とした清潔感のあるギルド職員の制服を、わざわざシワを残すように着崩した男性。


「マスター……何か用ですか」


 朝の混雑時間帯を終えて、休憩に入った受付嬢の代わりなのでしょうか。彼は昼前のこの時間になると、カウンターの方に姿を表して、雑多な業務をこなし始める……正直、結構謎の多い職員さんです。

 以前、他の職員さんや他の冒険者さんたちに「マスター」と呼ばれていたのを聞いて以来、私も彼のことをそう呼んでいますが、実際のところ何者なのかは、未だ確かめられないままでいます。


 ともあれ、私が気だるく返事をしたら、彼はその大きな手で摘まんだ布切れを、見せびらかすように近づけてきました。そこにあしらわれた青い糸の刺繍を見て、私が(あ、おしゃれだな)と思ったのもつかの間。彼はじとっと目を細めながら、私を上から見下して一言。


「そこ、掃除するから一旦顔上げろ」

「えー」

「えー。じゃない、邪魔する気なら転がしてやる」


 それからマスターはゆらゆらと、その手に持つおしゃれな机ふきを揺らしつつ、私の頭の帽子にゲシゲシとチョップをねじりこみます。それでも私が動かないと見るや、机に突っ伏す私の上半身を、宣言通りに押しのけようと試みてきました。


「うわー」


 マスターの肘をぐいぐいと当て込まれて、抵抗むなしく、私の身体はラウンドテーブルのフチに追いやられていきます。そのうち身体がフチから落ちて、ガクンと体勢を崩す前に、流石に諦めて顔を上げました。


「人が落ち込んでるっていうのに、ひどいです」

「今日で継続一週間じゃなければ、俺もそう思ってやれたんだがな」


 考えてみれば、確かにそうです。私が仲間を見つけられずに、これ見よがしに呻き始めて、もう一週間は経ちますね。

 自分のことを客観視してみれば、確かにいちいち付き合っていられないと思うのも、仕方のないことかもしれないと、そう思えてしまいました。

 実際、改めて見てみれば、マスターは私のことなど意に介さず、ラウンドテーブルの上をぐいぐいと拭き続けています。そうして、薄く広がった水滴の残るテーブルを、最後に指でキュっと鳴らしてから、彼はようやく私の目を見ました。

 彼のその、気だるげに細められた薄金色の瞳と、ようやく目が合いました。


「それで? 今度は何があったんだ?」


 輪郭に沿った顎の方に、ほんの少し残ったヒゲ(おそらく剃り残し)を擦りつつ、ぶっきらぼうに尋ねるマスター。ひょっとして、これは彼なりの優しさなのでしょうか。そう思って、少しの間、私があっけに取られていると、彼はまた気だるげに、とんでもなく大きなため息をついてしまいました。


「別に、話したくないならいいんだが」

「あ、いえ! ちょうど今、聞いてほしいことがあって」

「……だったら、話してみろ」


 そんな返答を貰ってもまだ少し、マスターとは何か噛み合っていないような感覚を覚えてしまいましたが、それはそれ。丁度私は、誰かに話を聞いてほしいと思っていたところではありましたし……それに、彼の厚意を無下にしたくもありません。


「まあ、実は同期の子にちょっと嫌われちゃいまして」

「同期? ああ、あの黒髪の魔女っ子か」

「魔女っ子って……あだ名付けるの、好きなんですか?」

「いや別に。全部適当だ」

「そうですか……」


 だとしたらどうして、わざわざそんな呼び方をするんでしょうか。私がギルドに登録してから、もう数ヶ月は経ちますし、その間にマスターとも、両手で数え切れないくらいの数、話したりしているはずですが……

 やっぱり私、この人のことはよくわからないみたいです。


「あー、で、なんだ。嫌われたって」

「あ、はい……具体的に説明しようとすると難しいんですが」

「はあ」


 気の抜けた声。聞いて見てみれば、彼は空いた手を口の前にやって、大きくあくびをしていました。とても人の話を聞く態度とは思えませんが……ムッとした目線を送って見ても無反応で済ませる辺り、もう丁寧に言葉を選ぶだけ無駄と言うものかもしれませんね。


「ハロウェが、私のことを、美人局に見えるって」

「ツっ!? ……美人局!?」

「……はい、そうですが」

「お前……よくそれで平然としてられるな」


 ……別に、平然としていたつもりはありませんが。私だってしっかりショックを受けて、しっかり落ち込んでいたつもりだったのですが。そうやって私が抗議の目線を送っても、彼は口元を押さえて目を泳がせるばかりです。


「いや……すごいな。前々からかわいそうなヤツだとは思ってたが、まさかここまでとは」

「マスター! 流石に怒りますよ!」


 テーブルにべちんと手を付きつつ、声を張り上げて立ち上がると、ギルド内に残るまばらな視線が、一瞬私たちの方に集中したのがわかりました。カウンター奥の方で書類整理していた女性職員さんと目が合って、気まずい空気が流れます。

 それでもなんとか私の方から、気にしないでくださいのジェスチャーを送ったら、彼女は何度か様子を伺いつつも、目線を外してくれました。

 なんというか……危ない所でした。マスターもそう思いますよね?


「えっと……すまん」

「わかったなら、大丈夫です」


 わざわざ引きずることでもないので、私は大人しく着席し、再びマスターと目線を合わせます。それに気付いたマスターは、何かやりづらそうに目を逸らして、ポリポリと頭を掻きましたが、またすぐにこちらを見据え直してくれました。


「しかし大変だな? お前ら、ついこの間まで、二人でパーティー組んでたんじゃなかったっけか?」

「そうですけど……良く知ってますね」

「一時期、ギルドで話題だったからな」

「ああ……」


 一瞬、疑念の眼差しを送りそうになって、すぐに納得してやめました。考えてみれば、駆け出しの冒険者二人……それも両方がまともに武器も振れない、魔術師系の女の子たちとなれば、そりゃあ話題にもなるものなのかもしれません。

 ハロウェとはたった数ヶ月、一緒に行動を共にして、雑用にも近い簡単な依頼を受けるだけの関係性ではありましたが……その末に、彼女が『美人局』なんて、強い言葉を使うようになったきっかけも……周囲の目線だったのかもしれません。

 もしかしたら彼女は……ハロウェは、そう見える(・・・・・)私と一緒にいるのがもうどうしようもなく嫌で嫌で……だからこそあんな言い方をして、私と決別しようとしたのかもしれません。

 でも、だったら、どうすればよかったというのでしょうか。私は、一体、どうしていれば正解で、どうしていれば、一人にならずに、冒険者を……ハロウェと……


「……まあ、そう気を落とすな」


 視界の端が滲み始めた途端、マスターの声が頭に響きました。反射的に目を向ければ、彼はわざとらしく私から目を逸らして、依頼掲示板の方を見ていました。


「確かにうちのギルドじゃあ、パーティーを組まずに受けられる依頼は限られてるが、それでも今は冬前だ。越冬に備えた雑用だって、割の悪いものばかりじゃないぞ?」


 ……思えばこうした振る舞いも、マスターなりの気遣いなのでしょうか。

 軽口をたたくように、冗談めかして語る彼の顔は、相変わらずこちらを向いてくれませんが、そのことが私にとってはありがたくもありました。

 私は顔を平手でぺちぺち叩き、こほんと軽く咳払いをして、息を整えます。


「そうですね。今年も冬を越えるには、お金が必要ですからね!」


 思えば私には、成し遂げなければならない使命がありました。

 こんなところで潰れていたら、立派な冒険者になんてなれやしません!

 そんな風に、私が気合いを入れ直したことを察したのか、マスターはようやくこちらに振り向いて、ふっ、冗談めかしたような笑みを一つこぼして、言いました。


「その意気だ金欠冒険者。昼飯前の暇つぶしついでに、俺も選別を手伝ってやるから――」


 彼はそう言って言葉を伸ばして、

 それからぱんっ! と、手を打って、


「悲しみなんて笑い飛ばして、今日も仕事に行ってこい!」


 底なしに快活なその笑顔で、私の背中を押してくれました!


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