第十話 ただこの時を愛でたいと
それからしばらく歩いていくと、道の傍で焚き火を囲んでいる数人の人影が見えました。そのすぐ近くには、大きな布張りのワゴンが2つ並んでおり、近くには手綱を持たれて草を食む、一頭の馬車馬の姿もあります。
「おお、戻ってきたか!」
言いながら立ち上がったのは、少しふくよかな体型をした、若そうな男性です。冒険者らしい服装はしていませんし、この人が例の商人さんなのでしょうか。彼はケトルハットの男性を見るや、安心したように顔を綻ばせますが……私たちの姿を観た途端むっとして訝しげな表情になります。
「その子たちは?」
「商人さん、この人たちも冒険者だ。ちょうど治癒魔法を使えるらしいから、連れて来た」
「馬が怪我をしたと聞いたので。早速ですけど、見せてもらえませんか?」
「むう……そうか」
私がそう言って促して見せても、商人さんはどこか引っかかるような様子をしていますが、それも仕方のないことでしょう。なにせ、私も私の隣にいる男の子も、体格的には子どもとそう変わりません。頼りなく思われてしまうのも……仕方のないことなのだと思います。
「そうだ、出来ればこの人に、杖を貸してやってくれないか」
私が考え事をしている間に、隣にいたケトルハットの冒険者さんが、別の冒険者さんに声を掛けてくれました。相手の木製の長杖を持ったお姉さんは「……アタシが? 別にいいけど」と、一瞬あっけにとられた様子でしたが、左腕に添え木をした私の様子を見るや否や、何かを察したようにこちらへ来てくれました。
でも、なんでしょう。この方、どこかで見覚えが……
「あなた、今朝の冒険者ちゃんでしょ」
「えっ……ああ! もしかして、あの時の!」
改めてじっくりと眺めてみれば、腰ほどまであるキジトラ模様の長髪に褐色肌、こげ茶色でだぼっとしたポンチョを着込んでおり、頭の上には四角帽子と、なかなか特徴的なお姿をしているお姉さん。しばらく記憶を探ってみれば、その格好は、確かに記憶に残っていました。
どうやらこのお姉さんは、私が今朝、片っ端から仲間に誘って断られてしまった、冒険者さんの一人に違いないようです。
「あの時の杖はどうしたの? もしかして、無くしちゃった?」
「無くした……というよりは……」
思えば、つい今朝声を掛けた頃には持っていた杖を、今日のうちに折ってしまったとなると、そこそこに心証が悪いのではないでしょうか。それこそ、この方がギルドの人と話す時にでも、話の種にされてしまったら、また、私にとって不都合な噂が、経ってしまうのではないでしょうか。
「えっと……」
そう思って、言葉に詰まった私の横に、さりげなく寄り添うように、誰かが身を寄せたのが分かりました。
「大丈夫」
それは、もはや見慣れたもじゃもじゃ髪の男の子でした。今日の日の冒険を共にした彼は、どこか優し気なまなざしで私を見て一言、ただ大丈夫と呟いてから、目の前の冒険者さんに向かい合ってくれました。
「彼女はあの杖を“使った”んだ。丁度、この魔物を仕留めるために」
そう言って彼が指し示したのは、丁度後ろの荷車に乗っていた、巨大な白い甲殻の魔物。もはや少しの痙攣もなく、なされるがままに荷車へ乗せられている……魔物の姿がそこにはありました。
「嘘……あなたたち、二人でこんなの倒したの?」
「え、ええ……まあ」
改めて考えてみてみれば、私たちの身なりでこの魔物を倒せたのは、ほとんど奇跡のようなものだったのかもしれません。いえ、少なくとも私一人では絶対に倒せていませんでした。
「ほとんど私は何も……」
「いや」
そうして否定の言葉を重ねそうになった私を、男の子がすっと手をやって制しました。彼はそうして、お姉さんに向かい合ったままの状態で一言。
「この方が、捨て身で隙を作ってくれたおかげで、なんとか仕留めることができたんだ」
「へぇ……そうなの?」
「ま、まあ、一応は……」
改めてそう言われて見ると、ずいぶんと照れ臭くはありますが、間違ってはいません。実際、彼とそれなりに上手くやれたような気はしていますし、あの瞬間の連携は、後から考えて見ても惚れ惚れするようなものであったことも確かです。そして……私と彼、どちらか一方だけの状態で、仕留めるのは難しかった相手であることも確かです。
「……それでも。やっぱり、彼のおかげなんですよ。私は彼が仲間になってくれたから、目一杯頑張れただけなんです。えへへ……」
照れ臭さを隠すために、帽子をわしわしと掴みながら答えると、お姉さんが「ふーん」と声を漏らしたのが聞こえました。同時に視界に映った彼女は、私の目の前に膝を折り、そのまままっすぐに、私の顔を覗き込んでくれていました。お姉さんのその赤茶色の瞳は松明の光でやけに眩く輝いていて、それでいて、真っ直ぐに私を見据えてくれていて……
「やるじゃん、駆け出しの冒険者ちゃん」
そう言うと同時に彼女は、その手に持った長杖を、私に差し出してくれました。その言葉で、私はあっけに取られてしまって……続くお姉さんの「ほら、さっさと受け取りなさいな」なんて言葉でようやく、状況を飲み込むことができました。
「ありがとうございます!!」
そうやって元気よく、私が叫んで見せたところでようやく、嬉しさが追いついてきたような気がしました。ひとまず松明を男の子に手渡し、空いた右手で杖を受け取った私は、彼女の「とりあえず、その腕だけでも治したら?」という一言を受けて頷き、立ち上がって杖を構えます。
「自然に漂う無垢なる魔力よ。今ここへ寄り合い、彼の者が負いし創傷を癒せ」
言葉を紡ぎつつ、癒術を練り上げ始めてみると、この杖が元々私の使っていたものとは比べ物にならないほど、上質な素材でできていることを直感できました。黒く瞬く艶のある木材と、素の先についた赤色の魔石が瞬いて、私の魔法の完成を後押ししてくれているのがわかります。
「回生陣」
たった今使った回生陣という癒術は、本来なら、即時的に傷を癒せる魔法ではありません。時間をかけて徐々に徐々に、それでも自然治癒とは比べ物にならない速度で傷を癒す魔術なのですが……それでもこの杖を用いて、回生陣を使った途端、随分痛みが引いたように思えました。
「大丈夫そうだね。それじゃ馬の方もお願いできる?」
「任せてください!」
言われた通りに見回せば、先程のケトルハットの冒険者さんが、私に手招きしてくれているの見えました。松明の光目掛けて早足で向かえば、確かに薄暗さの向こう側に、馬車から外されて横たわる一つの大きな影が見えました。
「怪我をしたのは、一頭だけでいいんですよね」
「そうみたいだな」
「みたい、というと」
「俺と、あとさっきの魔術師の彼女も、偶然通りかかっただけだからな」
「……そうなんですね」
言われて気付きます。そういえば、エイビルムから遺跡群までは、馬車でも三日ほどかかる距離のはずです。その上、安全が保障されているわけでもありませんから、実際にはもうしばらくかかるはず。
それでもあの魔術師さんがここにいたということはまさに、ケトルハットの冒険者さんの言う通り。あの魔術師の方と彼もまた、困っている人を助けずにはいられない、お人好しということなのでしょう。
「なんだか、尊敬です」
私はあのキジトラ髪の魔術師さんの名前も、ケトルハットの冒険者さんの名前も、今こうして隣に立ってくれている男の子の名前も、知りません。冒険者同士、わざわざ名前を知る必要も、呼び合う必要もないのだと思います。
……それでも。
「あの……みなさんあとでちょっとだけ、お話できたりしませんか?」
「……俺たちと?」
「いいけど、なんで?」
「いえ……大した理由じゃないんですけど」
私がそうしたいと思ったから。
素直な気持ちを言葉にしてしまいましょう。
「私、せっかくなのでみなさんと……もっとお話、してみたいんです」
真夜中の暗闇に満ちた街道沿いの……それでも確かな暖かに、闇を照らす炎に集った私たち。偶然の出会いかもしれませんが、だからこそ大切にしたいと思う。その心に嘘をつく必要など、きっと無いのだと思います。
「いいけどアタシ、野宿はごめんよ?」
「だったら、街まで歩きながら話せばいいだろ」
「それは……俺もついて行ってかまわないのか」
「もちろんですよ! 今更仲間はずれにはしません」
魔術師さんにケトルハットの冒険者さん。そして私と男の子。
それぞれでそんな約束をした後に、私は治療に入ります。
なんだかもたもたしてしまったせいか、後ろにいる商人さんには白い目で見られている気がしますが……これくらい許してくれるでしょう。
「自然に漂う無垢なる魔力よ」
……いえ、そうでなくともいいのです。
それでも今はただ、この偶然の出会いを祝福したいと。
ただこの時を愛でたいと、そう思ってしまっただけですから。
「今ここへ寄り合い、彼の者が負いし創傷を癒せ」
今日くらいはちょっとだけ、わがままを通させてくださいね。




