シルバーキャット
赤黒く染まった空の下。
漂う火の粉で焦げ付いた草葉を踏みしめながら走る私たち。
その進路を塞ぐように、枝葉を炎に巻かれた落葉樹が倒れ伏し、熱風を私たちに浴びせようと試みた途端に、勇ましい掛け声が響きます。
「――今冷厳なる氷海の一波を浴びせよ! 氷撃波ッ!」
後衛から飛んだ魔法の合図を受けて、私は並走する彼に目配せをします。
――止まらなくていい。このまま走り抜けて行きましょう――
そんな風に、言葉を交わしたわけではありませんが、どちらにせよやる事は変わりません。
「行って! カヤっ!」
再び後方から飛んできた、私の名を呼ぶ、頼もしき我らが氷術師の一声を受けて。
私たちが炎に突っ込む半秒前に、地を這うように放たれた波が扇型に広がり、前方で燃え上がる落葉樹を飲み込んだ後に、氷結します。
結果として、瞬く間に氷漬けになった樹の上に築かれたのは、周辺一帯の炎を反射して、橙色に瞬く氷の坂。
その上に私たち二人で飛び込めば、摩擦の無い床を滑走する感覚と共に、前方に目的地の光景が広がります。
炎の中を逃げ惑う、ボロ布を纏った子供たち。
同じくボロ布を纏い身体の端々に傷を負いつつも、彼らを助け起こす女性たち。
彼女らを守るように直剣を構え、立ちふさがる一人の冒険者。
そんな彼らの眼前で、殺意に眼を剥く狼頭の獣人たち――野盗の一群。
多勢に無勢。
そんな言葉が頭に過ぎるほど絶望的な状況で。
氷の坂から中空に、身を躍らせた私たちは確信します。
「間に合ったな! カヤさん!!」
「その通り! 突っ込みますよ!」
彼らは突如として現れた私たちを見てギャアギャアと叫び出します。
言葉の意味は理解できますが、取り合う必要はありません。
今私たちがするべきことは、この一瞬の隙を活かすこと。
だから私は杖を構え、叫びます。
「あなたたちは包囲されています!! 直ちに武器を捨て、投降してください!」
一喝を受けてなお、殺意を向けてきた野盗に「彼が」切りかかります。
その一瞬、私に気を引かれた野盗たちを……薙ぎ払うように!
『ゴォンッ!』
彼がその手に担いだ巨大な山刀を振り抜けば、酷く重い音を響かせて。
その剣の腹で打たれた野盗たちが三人並んで地に伏します。
「次は刃を使う。真っ二つになりたくないだろ」
彼はそんな風に、随分とこなれた様子で脅しつつ、後ろに下がり孤立していた冒険者さんに並んで立ちました。小声で「来てくれたか」なんて感謝の言葉をかけられている辺り、彼もすっかり馴染んできた様子ですが……それはさておき。
「ハッ! たった二人増えたところで、一体何ができるって――ギャインッ!」
そんな風に叫んだ狼頭の眉間へ――ゴスンッ! と撃ち込まれた氷塊。
振り向いて見なくてもわかります。
例の氷の坂の上から、彼女が撃ち込んでくれたのでしょう。
子犬のような悲鳴を上げて白眼を剥いた狼頭が倒れ伏し、野盗たちに動揺が広がります。もはや、彼らの戦意喪失まであと一歩といったところで。
「あなたたちは、何か勘違いしているようですが――!」
そうやって張り上げた私の声を――後からかき消さんばかりに。
――ウオオオオッ!!
溶け始めた氷の坂の向こうから、我らの鬨の声が響きます。男性的なモノから女性たちなものまで、数十人分が入り混じった、冒険者たちの声が響きます。
その声を聞いて野盗たちがあからさまに狼狽えているのがわかります。
――あと少し。
そんな確信が宿る気持ちを、吸い込む息に乗せながら。
大きく取り込んで、腹の底から吐き出した息に乗せながら。
「聞きなさい! 獣人としての誇りを捨て、外道に身を落とした者たちよ!」
私にできる限り声を張ったところで、野盗の一人が唸り声を上げました。
隣のもう一人が、歯を食いしばったのが見えました。
他の者たちが、意を決して武器を構え直したのが見えました。
――まだ、足りない。
彼らの瞳の向こう側には、炎を背に立つ私の姿と――
私たちの元へ駆けつけるように走る、冒険者たちの姿が見えます。
――おそらく、このまま彼らが投降しなければ、
彼らは我らに、容赦なく切り伏せられてしまうはず――
そんな結末は悲しすぎますから。
だから、私は叫びます。
「私の名はカヤ! カヤ・シルバーキャット!!」
その名を聞いて、獣人たちが眼を剥いたのがわかりました。
彼らの誰もが驚愕し、私に注目したのがわかりました。
その目線を受けて、私は確信します。
「あなた達の胸の中にはまだ、捨てきれなかった矜持が残っているはずです!!」
私は、頭上に手をやって、頭の帽子を胸に当て、叫びます。
一度は隠し通そうとした、その証を。
――私が獣人の血を引いている証を、その頭の上にピンと立てて。
私は懇願するように、しかして決して弱さを見せぬように。
彼らの絶望に焼かれた心を、もう一度希望に引き戻せるように。
――この嘘が決して暴かれないように。
「私が、あなた達の進むべき道を示しましょう!!」
私はただ堂々と構えつつ、自分自身に言い聞かせました。
「シルバーキャットの名にかけて!」
私の名は、カヤ。
今だけはホンモノの、カヤ・シルバーキャット。




